其の八十七 「いきのいち(息の内)」が「いのち」になったという語源説

思い通りにならないでイライラしたり、困った事が起きて不安に襲われたりしますと、誰でも息が乱れます。呼吸が小刻みになって眉間に皺(しわ)が寄り、肩に力が入って重心が上がるのです。そういう人が張り詰めた空氣を漂わせますと、周囲にいる人まで緊張してきて落ち着かなくなります。その状態を「息が合わない」と言います。

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其の八十六 天分に叶っていれば、次のような現象が生じてくる…

天分を発見するには、いろいろな体験を積み、広く学ぶことが必要です。それが天分にかなう事なら、「これは自分に合いそう」とか、「とにかく興味が湧いてならない」などというふうに、直感的にピンとくるはずです。そして、何事も「やってみなければ分からない」ものですから、実際に試してみることが肝腎です。

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其の八十五 どうしても上達できない場合、持ち分(天分)を考察してみるといい…

一口に音楽が好きといっても、歌うことが好きなのか、楽器の演奏が好きなのか、音楽に合わせて踊ることが好きなのか、作曲や編曲が好きなのか、あるいはそれらの組み合わせが好きなのかなど、人によって好みはいろいろな分野に分かれます。いずれにせよ、その一番好きなところに辿り着くべきであり、そうでないと上達が滞ってしまうということを沖ヨガの沖正弘導師が指摘しています。

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其の八十四 志は、ただ闇雲に考え、適当に立てればいいというものではない

自分の天分・天性は何か。それを具体的にどう生かすか。そもそも、天分・天性を生かすのは何のため・誰のためか。これらが明確になったときに、志が立ったということになります。

天分とは「天からいただいた我が持ち分」、天性とは「天からいただいた我が個性や特性」のことです。一人一人顔立ちや性格が違うように、誰にでもその人特有の天分や天性があります。

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其の八十三 しっかりした志を立てたいなら、余分な力を抜いて感性を磨こう!

「上達するために余分な力を抜く」という心得は、志を立てる場合にも必要です。立志において、どんな余分な力の抜き方をしたらいいかというと、第一に「こびり付いた知識」に翻弄されないということ、第二に俺が俺がという「自己中心的な自我」を和らげるということ、第三に「過度な嫉妬心」に振り回されないということでしょう。

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其の八十二 力が抜けてきたら、上達の証(あかし)

諸道諸芸の動作において、それが上達しているということを一体何によって確認したらいいのでしょうか? 

それについて沖導師は、全身で動いているかどうかを挙げています。腰と腹、つまり丹田を中心に動作出来ていることが肝腎なのです。丹田を中心に全身が一つになれば、肩や手・足の力が抜けてきて、見た目にも美しい移動になっているはずです。

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其の八十一 勝負の時には、呼吸をリードできた人が勝つ!

「勝負の時には呼吸をリードできた人が勝つ。隙は相手が息を吸いこんでいる時である。息を止めた時に動作の方向をきめ、吐く時に動作を開始する。このリズムを乱してやると、相手の構えは乱れてくるのである。こちらが相手の吸う息、吐く息をリードできたならば相手を支配することができるのである。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房76~77頁)

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其の八十 緊張と弛緩は、二つで一つであり、どちらも重要

沖正弘導師は、諸道諸芸のコツは呼吸の把握にあると教えます。

「素早い動作をするためには、素早く緊張できる神経と筋肉とをもっていることが必要である。緊張ができるためにはよくゆるんでいないといけない。よくゆるんでいてこそよくしまることができるのであってこの緊張と弛緩とをコントロールする大本が呼吸である。だから呼吸を把握することが諸道諸芸のコツを会得することである。だが呼吸を動作に際して意識的にコントロールしようとしてもできないのである。やはり、修練をつんだ結果、自然に身についてくるのが物事の呼吸である。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房76頁)

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其の七十八 この人に何を加えてあげたら、もっと成長するだろうかと考えてみる

心や呼吸が乱れると、重心に狂いが起こる。そして、「スキ(隙)」が生じるということについて、もう少し考えてみます。例えば、勝負欲や金銭欲などの私欲が強く現れますと、勝ちたい・儲けたいという焦りによって心が乱れます。心が乱れれば、呼吸が浅くなり、そこにスキが生じます。

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