その12 自分で立とうとする人のもとに「助け手」が現れる…

お前が自分のことを諦めたとしても、この俺はお前の可能性を諦めてはいない…。この沖正弘導師の言葉には、相手の内に眠る「その人自身を救う力」を、私は決して諦めてはいないという意思が込められています。

続けて沖導師は、自分の内なる力を信じよと語ります。

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その11 お前が自分を諦めても、俺はお前の可能性を信じている…

人間は本来、健康に生きていけるように出来ている。身心の調子を整える作用や、自然治癒力といった働きは、誰にでも宿されている。それを円滑に機能させることが重要であるという考え方は、連載をご覧の皆様に、次第に理解されてきたことでしょう。

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その10 因と縁をつかまえることによって、結果を変えていこう!

病氣やそれに伴う痛みや辛さなどの症状。沖ヨガにおいては、これらを全面的に敵視しません。むしろ、修正作用や浄化作用をもたらしてくれる味方であると考えます。

「病は如何なるものとして受け取るべきものであろうか、病は生命の安全弁であり、異常を正常にかえようとする修正作用であり、心身毒の浄化作用である。
このように解釈する時、病んでいる事が即ち治されていることであり、病んでいるということ、苦しんでいるという事はその人の生活が間違っているということであると気付くことができる。」
(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房p.11.)

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その9 病いとは何か、悩みとは何か…

静岡県三島市にある沖ヨガ修道場には、高校三年生の夏休みを利用して、夏期特別講習会に一週間参加しています。高校の同級生たちは、大学受験勉強に専念しています。そういう大事なときに、私は全く違う道へ向かおうとしていたのです。

講習会で、何冊かの沖ヨガの本を購入しました。その中の一冊が『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』です。本連載では、同書を元に沖ヨガ哲学の内容を紹介しながら、綜医學の考え方について考察してまいります。

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その8 次は、密教ヨガ修道場(沖ヨガ)でインド思想も学びたい…

大きな転換期が必ず来る。そのとき人類は、文明の交代という試練に直面するが、それを救うカギが東洋にある。筆者は、そのカギを掴みたくて、東洋医学(鍼灸や指圧)の専門学校に進学します。今振り返っても、高校の同級生たちとは随分違う、変わり者の選択でした。

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その7 痛みだけ、患部だけ診ていたのでは根本解決にならない…

楽になると忘れてしまうという話を一つ。筆者は東洋医学の資格を持っていることから、知人や縁者に治療をすることが時々あります。突発性の腰痛(ぎっくり腰)などは手技療法で何とかなる場合が多く、取り敢えず動けるようになっていただけます。

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その6 東洋思想を学びたいのに、東洋医学の科目は「漢方概論」一科目だけ…

全体に氣を配るというのは、なかなか簡単なことではありません。人間の意識は、部分に囚われ易く、目の前の事に集中し易いものだからです。

筆者は松下政経塾を卒塾後、8年間ほど鍼灸治療院を開業しておりました。最初は、一人の患者さんの治療で手一杯でした。やがて患者さんが増えてきますと、治療ベッドを2台、3台と増やし、最多で5台設けました(1台は予備)。そこまで増えますと、もちろん私一人では手が回りませんから、パートのスタッフも雇いました。

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その5 忙しくても目の前の患者さんに丁寧に接し、院内全体にも気を配る余裕…

鍼灸の専門学校に通う内に、ある悩みがわいてきました。学校で学ぶだけでは、「臨床で通用する治療技術」が身に付かないのではないかという疑問です。
学校の成績が多少良くても、実際に患者さんを救うための治療技術が高まるかどうかは違うということです。

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その4 要領が悪いから一番になれた…

鍼灸専門学校の昼間部の生徒数は、1クラスのみの約40名でした(夜間は確か2クラスだったからその倍)。そのうち、高卒現役で入った者は筆者を入れて11名(男子6名、女子5名)。大学を出てから入学した者は25名くらい(約6割)。あとは、高卒後に社会人となってから入学した人たちです。

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その3 親からしたら、一体全体何を考えている息子なのか分からない…

21世紀の「人類の危機」を救うカギが東洋にあるという啓示を受け、居ても立ってもいられなくなった私は、高校3年生のときに一週間だけ、静岡県三島市にある沖ヨガ修道場で鍛錬しました。そこでの研修で、人類を救う思想と方法が、沖ヨガにあると確信します。そこで、高校を卒業したら大学には行かないで、そのままヨガ道場で長期修行をしてやろうと思いました。

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