其の二十三 山中で修験を積んだ山伏行者らが、人々の相談に乗り、治療もしていた…

飛鳥から奈良にかけての時代は、律令国家建設による希望と力強さを持つ反面、中央の政治は随分混乱しました。道教事件も、その一つです。悪僧の道教は、野望を抱いて皇位にまで即こうとしました。

そのとき、優秀な政治家である和気清麻呂公は、宇佐八幡宮のご神託により、道鏡の野望を阻止したという史実があります。このときのような重要な問題に際して、奈良平安時代の朝廷は、宇佐八幡宮に使者を派遣しては神意を伺っていたようです。

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其の二十二 毎朝・毎夜、5名の師匠に感謝の念を捧げ、さらなるご指導を祈願…

精神エネルギーである念子には、プラスからマイナスまで、そのレベルに幅があります。プラスであれ、マイナスであれ、その混合であれ、念子と(念子が集まった)念子体の働きによって、我々の人生は左右されています。その影響を受けることによって、人間は基本的に自由な存在ではないということを述べました。

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其の二十一 先人の死に様を呼び覚まさぬまま、中今を生きるということはあり得ない…

「常に今が大事で、いま自分が生きているという事実が重要、そうでなければ意味が無い」。これは、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生による中今(今が中心)の教えだ。

この教えと、意味が重なると思われる思想を、神道学博士・皇學館大学特別教授の松浦光修氏のご著書から学んだので紹介したい。「今を生きている自分が主体である」という点が重なっていると考えられるのである。

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其の二十 怒りや悲しみによるマイナスの念子と、愛や慈しみによるプラスの念子…

欧米の心霊学では「通常、人には七柱の背後霊がついて」おり、「それを統括しておるのがマスタースピリット」と呼ばれる主護霊である。宮崎貞行氏は『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』の中で、昭和天皇のご進講役であった三上照夫氏の言葉として、そのように述べている(p.107.)。

七柱は、多くの念子体が人を守っているということを表した数と考える。誰にでも沢山のご先祖が存在しているのだから、念子体は一つや二つではなく沢山あるのが自然だ。

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其の十九 先祖の「念子体」が子孫を守り、師匠の「念子体」が弟子を指導する…

自分とは何か、どこまでを自己と認めるべきか? 通常、少なくとも五感の認識する範囲までは、「自分を意識」することになる。

しかし、五感で捉えられる「身体」ばかり尊重していると、(個人主義的な)自己愛が蔓延(はびこ)るようになるとのこと。

「個性尊重」、「自己実現」、「自己主張」。これらが大切であると教えられて育った現代人は、とにかく目立とう、何かやって他人に認めてもらおう、自分の都合を優先して我欲を通そうと考える傾向が強い。そうして「俺俺(おれおれ)亡者」が蔓延(はびこ)る世の中になってしまったのだ。

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其の十八 自己は多くの関係性によって成立している~いわゆる個人主義への疑問…

腹が減ってひもじいのは自分、転んで痛いのも自分。ひもじさや痛さを誰かに代わってもらうことが出来ない以上、ここに「自己という明確な存在」があるという事実を、誰もが認めざるを得ないことになる。

とはいえ、自己はただ自己として、他と隔絶して存在しているわけではない。
「自分」が突然この世に登場するはずはなく、必ず親や先祖がいることによって誕生している。また、天地自然という環境、生まれ育った時代、他人とのご縁などによって成長を遂げていく。

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其の十七 念子は、人間の精神活動によって生ずる量子的な存在…

「人間」の本質は何か? 物質なのか、それとも精神なのか…。人間を物質の集積と捉えたら唯物論、精神の現れと捉えたら唯心論となる。

河戸国学は、唯物論も唯心論も超えている。物質・精神に二分することなく、身体と心体を一体に捉え、それらの融合によって霊体が生じるとするのが河戸国学の霊魂観である。

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其の十六 人を覆っている、眼に見えない「氣」や「オーラ」、「霊的エネルギー」…

昭和天皇と、ご進講役の三上照夫氏…。侍従長の入江相政氏は横からこの二人を見て、その深い対話から、なにやら霊性の高さを感じた…。宮崎貞行氏は、その様子を次のように述べている。

「陛下と三上の間には、なにかしら共通の資質というものがあって、それが瞬間的に交流し、放電し、火花を散らし、新しい磁場を現成させているのではないだろうか。
その共通の資質とは、眼に見えない一種の霊質のようなもので、うまく表現できないが、人体を覆うとともに、人体に形を与え、人体の活動をそれとして成り立たせている根源の霊的エネルギーといってもよいのではないだろうか。最近はやりの言葉でいえば、オーラというものかもしれない。」(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとp.77.)

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其の十五 大和言葉の師・河戸博詞先生と、宮中祭祀のご奉仕

筆者が松下政経塾に合格した23歳頃のことと記憶しているが、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生のお供をして、宮中三殿にお参りさせていただいたことがある(23歳であれば、昭和54年・西暦1979年)。それをきっかけに、その後3回ほど、宮中祭祀のお手伝い(助勤)に上がらせていただくことになる。

皇居に参内するときは、河戸先生が運転される車に同乗させてもらった。門の守衛に対して、河戸先生はいわゆる顔パスであったように記憶している。宮内庁には事前に連絡してあったに違いないが、どの守衛も河戸先生をよく覚えていて笑顔で通してくれた。

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其の十四 日本人の集合意識と、キミ(君)・オミ(臣)・タミ(民)

天皇は、単なる象徴ではない。象徴では“飾り物”となってしまう。高い霊性によって国民に「進むべき大道」を指し示されるところに、スメラミコトの存在意義がある。そうでなければ価値が無いと、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生が常々語っていた。

天皇を大和言葉で、スメラミコト、スベラミコト、スメラギ、スベラキなどとお呼びする。これらに共通する音が「ス」で、ス音はサ行+ウ段で成立している。そのため、サ行音の持つ繊細さと、ウ段の音(ウクスツヌ…)の持つ閉じる働きが、しっかりと組み合わさって音義(音の意味)となっている。
洲(す)、透く、進む、鋭いなどのように、ス音には「前に鋭く出ていく」という先鋭の意味があり、先鋭である以上、ただの象徴であってはいけないのである。

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