No.68 疑わしいから約束し、信じていないから誓い合う…

儒教は本当のところ無力ではないのか、という疑問

中国・春秋戦国時代に登場した思想家の群れを「諸子百家」といいます。
約300年間に、ほぼ全ての学派が出尽くしました。その天才的思想家たちの先頭ランナーが、儒家の始祖である孔子です。

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No.65 感謝したり感激したりしてくれないと怒り出す…

義に生きる人には硬いイメージがある

次に「義の上なるものは、何かを為して為にするところが有る」と続きます。
上のレベルであっても義に生きる人には、何かを為したときに意図的なわざとらしさが出てしまうというのです。これは、正義漢の注意点ですね。

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No.64 未来へ陰徳を積む生き方

「仁」にもレベルがある

儒家思想における一番のキーワードは、何と言っても「仁」です。仁は、人を表す「イ」と「二」が組み合わさった会意文字で、人が二人いることを意味しています。二人というのは自分と相手のことで、「明確な相手のために自分が何を出来るか」を問い掛けている漢字が仁なのです。

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No.62 徳が下がると、仁や義が唱えられるようになる

徳・仁・義・礼の順で下がっていく

何も為さないのに、何でも為していく。爪先立った欲が無くて静かでいるから、天下は自然に定まることになる。そういう内容を前章で学びました。続く第三十八章には、「徳」「仁」「義」「礼」などの中国思想のキーワードによって、無為自然の「道」の尊さが説かれています。

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No.61 幸福の基準は自分にある

少し落ち着くと、たちまち志を失ってしまう

人間の気持ちには、本当にあてにならないところがあります。名利や作為の欲望を超え、無為自然の生き方に一度は目覚めたとしても、少し落ち着くとたちまち志を失ってしまうことがあります。飽きやすく、冷めやすく、気が付けば目の前の欲得に心を奪われ、小さくまとまってしまう自分がいるのです。

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No.60 余分なことはしない、そのほうがよく育つ

否定の否定による肯定

為さないから為さない事がないというのは、否定の否定によって肯定を導いていく論法です。「手を加えないことで一切を行っていく」という意味なのですが、こういうあり方の例はいろいろあるでしょう。(あれこれ細かく)教えないから(自分で学ぶことになって)教えられない事がないとか、(安易に薬で)治そうとしないから(自然治癒力が働いて)治らないことがないといったことです。

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