松下幸之助塾長の、経営におけるエピソードを一つご紹介します。
(ここから)
ある社員が幸之助に呼ばれた。
「今月の売上げはなんぼやった」
社員が答えると、幸之助は、
「そうか、そのうち何がなんぼ売れたんや」
「いちばんよう売れたんは何や」
と、重ねて質問した。
金星人に会ったという人の教え…
こんばんは。世界の気候が混乱する中、台風も迷走していますね。
◆週刊誌記事等に見られる表現方法に、印象操作があります。印象操作は事実をもとにしている場合でも、その一部を切り貼りすることによって、意図する方向に相手の意識を誘導いたします。事実無根の捏造とは違うものの、実は巧みな表現によって本質を歪めていくところに大きな問題があります。
その17 病氣や悩み、困難や苦労を経て、私たちの心は磨かれていく…
自分がこの世に生まれ、こうして生きているのは、宇宙のために必要だからである。私たちは神、即ち大宇宙の生命原理に従って、そのお役に立てるような人間にならなければいけないと沖正弘導師は説かれました(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房pp.21-22.)。
生成発展、それによる進化と調和こそ、宇宙の原理でしょう。それを生かし、先頭に立って「宇宙の期待」に応えるのが人間の役割なのです。
95歳になったばかりの父が憤慨
こんばんは。本日は「関東大震災記念日」(大正12年9月1日発生)でした。
◆今日、実家に帰ったら、95歳になったばかりの父が憤慨して言いました。
「おい、世界の政治がおかしいぞ。このままだと人類は本当に終わってしまう。
どうして仲良くやれないのだ。自分と自国のことしか眼中にないではないか」。
つくづく、どうして人間は仲良くやれないのかと思います…
令和8年9月度:志塾・勉強会などのご案内
林英臣が講義する講演会・勉強会です。お気軽にご参加いただけますので、是非ともお運びを!関東→中部→関西→中国→四国→九州の順になっております。なお、隔月開催などの会は、10月以降の案内になっている場合がありますのでご注意ください。
また、開催日時・場所・内容が、予告なく変更される場合があるほか、天候や交通の事情によってオンライン開催となる可能性もあります。
念のため問い合せ先にご確認の上、ご参加ください。
☆印は連続の勉強会、★印は単発の講演会です。
その16 自分たちにも間違いがあったということを、双方とも反省出来るかどうか…
組織や団体には、内紛が付き物です。集団内に何らかの対立が起きますと、同じ仲間同士であるにも関わらず、酷ければ非難の応酬合戦となります。そのとき、双方とも自分の側が正しく、相手側が完全に間違っているという態度を取ってしまいます。
そもそも物事というものは、右から見るのか、左から見るのかによって、全く違う景色が見えてきます。積極的な姿勢を見せれば傲慢だと文句を言われ、謙虚にしていれば逃げているなどと非難されてしまうようなものです。同じものを見ているのに、それを見ている者の意識によって、仏にも鬼にも見えてしまうわけです。
その15 善悪、苦楽、損得、幸不幸、これらは注連縄のように織り成す一体のもの…
自分に適した救われ方は、結局自分で発見するしかない…。では、その発見のためにどうすればいいのでしょうか。それは、苦しみや楽しみを「与えられた教え」として受け止め、そこから自分の生き方や在り方を発見していくのが一番いいということになります。沖正弘導師の言葉から、それを学んでいきましょう。
「苦しみは、ありがたいもの、それはなぜ(か)、苦しみにせよ、たのしみにせよ、すべては神のお与えであり、神わざであり、宇宙の教であるからだ、正しければ、たのしみで教えていただける。誤っていれば、苦しみで教えていただける。どちらもありがたいものだ。」※(か)は筆者が加筆(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房pp.14-15.)
立て直しの心得
こんにちは。残暑お見舞い申し上げます!
◆綜医學講座(第18回)のご案内
演題:綜医學の原理と「大和言葉の霊魂観」(其の一)
・身心一如の生命体論を「霊魂観(ミタマ)」という
・ミタマは御霊・御魂と書かれるが、身玉・実玉であることに注目せよ
・ミタマは身心一如となって成立している
・肉体はアラミタマ、精神はニギミタマ、両者が一元となってミタマとなる
・ミタマは生命の本質そのものとして、生理作用+精神作用を起こしている
・肉体に片寄る唯物論、精神に片寄る唯心論、どちらも部分観で限界がある
・霊魂観は生命観と同義であり、綜医學では肉体の鍛錬を軽視しない
・ミタマ=生命体の中心を司るのがイクタマ(生魂) 他
その14 助けを求めて良いけれど、同時に自力で何とかすることも忘れてはならない
苦しいときや辛いとき、誰だって何かにすがろうとします。当然のこと、助けを求めて良いのですが、同時に自力で何とかすることも忘れてはなりません。
沖正弘導師によれば、救われ方には真実の救われ方と、そうでない救われ方があり、前者は自力で救われる在り方だそうです。




