こんばんは。早いもので、明後日から9月になります。
松下幸之助塾長は「君は、どない思う?」と呼び掛けては、人から頻繁に意見を求めました。その目的は、衆知を集めるためであると同時に、意見を言い易い環境をつくるためであったと思われます。
役員や幹部が、「俺たちの言うことを聞き、そのまま言われた通りに動けばいい」という雰囲氣を作ると、やがて高圧的な独裁が始まります。そうさせないための「君は、どない思う?」だったのでしょう。
自分に適した救われ方は、結局自分で発見するしかない…。では、その発見のためにどうすればいいのでしょうか。それは、苦しみや楽しみを「与えられた教え」として受け止め、そこから自分の生き方や在り方を発見していくのが一番いいということになります。沖正弘導師の言葉から、それを学んでいきましょう。
「苦しみは、ありがたいもの、それはなぜ(か)、苦しみにせよ、たのしみにせよ、すべては神のお与えであり、神わざであり、宇宙の教であるからだ、正しければ、たのしみで教えていただける。誤っていれば、苦しみで教えていただける。どちらもありがたいものだ。」※(か)は筆者が加筆(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房pp.14-15.)
こんにちは。残暑お見舞い申し上げます!
◆綜医學講座(第18回)のご案内
演題:綜医學の原理と「大和言葉の霊魂観」(其の一)
・身心一如の生命体論を「霊魂観(ミタマ)」という
・ミタマは御霊・御魂と書かれるが、身玉・実玉であることに注目せよ
・ミタマは身心一如となって成立している
・肉体はアラミタマ、精神はニギミタマ、両者が一元となってミタマとなる
・ミタマは生命の本質そのものとして、生理作用+精神作用を起こしている
・肉体に片寄る唯物論、精神に片寄る唯心論、どちらも部分観で限界がある
・霊魂観は生命観と同義であり、綜医學では肉体の鍛錬を軽視しない
・ミタマ=生命体の中心を司るのがイクタマ(生魂) 他
苦しいときや辛いとき、誰だって何かにすがろうとします。当然のこと、助けを求めて良いのですが、同時に自力で何とかすることも忘れてはなりません。
沖正弘導師によれば、救われ方には真実の救われ方と、そうでない救われ方があり、前者は自力で救われる在り方だそうです。
こんばんは。今日は旧(本暦)七夕です。
【ご案内】常人から超人へ! 綜医學講座(第17回)
演題:綜医學の原理と「大和言葉の超人観」
超人は、鋭敏な感覚・感性・感情を持ち、霊感や予知能力を発揮することもあります。一流の志士や天才などの超人は、非常時に発揮される能力を日常的に発揮していました。綜医學講座で育成される国手も、超人となって手当てで「氣」を出し、相手の身心を整えてまいります。
生活がそのまま修養法となり、そのまま健康法となるところに、沖ヨガの基本があります。
「ヨガは理論の宗教ではない。修行の宗教である。即ち生活行法をそのまま宗教とみているのである。起った現象、与えられた縁をそのまま神の恵み神のみ教えと受け取り真理を学んでそれを活用するのである。病をして健康法たらしめ、迷いをして悟りへの道たらしめる。これがヨガ的生き方である。」
(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房p.14.)
こんにちは。本日は二十四節氣の「処暑」。高野山では奥之院萬燈供養会です。
◆日記(8月11日~12日)
・11日(火)アマテラス益荒女講座で講義、マスラメは勝る女!
・12日(水)橿原考古学研究所付属博物館で、天武天皇・持統天皇の時代を学ぶ
お前が自分のことを諦めたとしても、この俺はお前の可能性を諦めてはいない…。この沖正弘導師の言葉には、相手の内に眠る「その人自身を救う力」を、私は決して諦めてはいないという意思が込められています。
続けて沖導師は、自分の内なる力を信じよと語ります。
こんばんは。浜松は激しい夕立(雷雨)でした!
立秋(7日)が過ぎましたが、暑さが下り坂になってくれるかどうか…
◆明日は女性限定「アマテラス益荒女講座」で講義します。
益荒女(ますらめ)とは、勝り女(まさりめ)のことです。
打てば響く益荒女よ、立ちて国家を変革せよ!
人間は本来、健康に生きていけるように出来ている。身心の調子を整える作用や、自然治癒力といった働きは、誰にでも宿されている。それを円滑に機能させることが重要であるという考え方は、連載をご覧の皆様に、次第に理解されてきたことでしょう。