其の三十一 霊感や霊性は、決して迷信ではない!

霊感や霊性、霊界や神界…。これらの言葉を日常的に聞くことは殆どなく、その不思議な内容は「あり得ない現象」としか思えないため、拒否したくなる人がいるはずです。分析的な思考によって、根拠や物証を重視する近代科学にあっては、霊感や霊界といった話題は、子供だましの迷信の類(たぐい)として敬遠されても当然です。

でも、霊感や霊性は、決して迷信ではありません。ピンときて目に見えない変化を察知したり、胸騒ぎがしてまだ起こっていない事件から逃れられたりするといったことは、少なからぬ人が経験しております。

大和言葉・国学の師である河戸博詞先生の同志であり、昭和天皇のご進講役であった三上照夫氏は、さらに次のように語ったそうです。

「より高級な霊体と交流するには、それなりに我を捨てる修行を積み、霊覚を磨いて己を整えておかねばならない。国家や会社の経営といった大事業をしようという場合は、それにふさわしい高級神霊の指導を受けなければ大きい仕事はできない。天皇陛下も、日本さらに地球の救済という大事業をなさる場合は、ニニギノミコト、ヒコホホデミノミコなどそれにふさわしい高級神霊の導きを受ける必要がある。そのために、天皇は毎日祈りと瞑想の時間を持ち、大祭においては特に念入りに祈願をされ、「神人不二」に近づこうとされるのであると三上は昨日語っていた。」(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとp.149.)

「より高級な霊体と交流…」とありますが、「霊体」とは何でしょうか。筆者は、生きている人が発する念エネルギーを「念子」と呼んでいます。それを子孫など精神波動の合う人が吸収し(受け止め)ますと、念子が集まって「念子体」になると考えます。念子体が、ここで言う霊体ではないかと考えます。

死ねば「身体」の活動が止まり、「心体」の働きも終わります。しかし、生前の身心の活動や働きによって発せられた念子は、この世に刻まれて残っていると推測します。それを子孫や弟子などが強く受け止めることによって、生きている人の中に再現されて念子体になるというわけです。

また、霊体は、生きている人間そのものが起こしている“実体”でもあります。
身体と心体の調和を取れば、誰にでも働き出すのが霊体であると。身体を鍛え、心体を清めることによって、霊体のレベルが高まり、霊感(高度なインスピレーション)が作用します。そうして、霊性(見えない世界を感じ取る深い感性)が高まっていくものと思われます。

子孫や弟子が受け止めて霊体(念子体)となる場合も、生きている本人が起こす霊体の場合も、いずれにせよ今生きている人間が主役です。大和言葉・国学の河戸先生は、常々「生きている間が大事である」と言われました。その意味がここにあります。(続く)