其の三十 行で磨かれた感覚力は、科学的機器のセンサーよりも精密!

インド、中国、日本の思想や信仰は、瞑想行や静坐行、鎮魂行などを伴います。
これらは、いずれも呼吸法を使う心身統一の行で、それによって直覚や直観を高めてきました。行で磨かれた感覚力は、決して迷信などではなく「科学的機器のセンサーよりも精密」であるとのことです。

その感覚力が、さらに鋭敏になれば霊感が生ずることになります。東洋における「シャーマニズムの伝統のある地域では、神々の神託を受け取る霊媒のセンサー」は、「本来的に人間に備わって」いる能力と受け止められてきたのです。

霊媒(れいばい)とは、神仏の意志や先祖の念子(念エネルギー)を、直接感受する能力や人物(シャーマン)のことです。その能力は、近代思想が定めてきた「自己」を超えています。理性的思考をするものを「己」とし、理性で捉えられる存在こそが「自己」であるとする近代思想の「自己の定義」を、はるかに超越してまいります。

そうして、自己が理性を超えて広がれば、「自己とは、目に見える限りでの自分ではなく、霊界、神界とも自由に交流することのできる存在と」いうことが分かってくると。霊界は主に先祖の念子が形成する「見えない世界」であり、神界は大宇宙や天地自然の意志が元となっている「見えない世界」のことです。

『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』の著者である宮崎貞夫氏は、東洋では自己の身体・心体・霊体が一つに調和することで、「霊界、神界とも自由に交流しうる己」を生んできたということを強調されています。それは、「よく整えし己」です。

釈尊による人生訓を記している『法句教(ほっくぎょう)』というお経の中に、この「よく整えし己」という言葉があります。良く整え、良く制せられた自分は、他者を頼らず、自分を依り所といたします。即ち、見えない世界ともつながることによって、大きく整った自分となります。そうして、自分こそが自分の一番の救い主になるということを教えているのです。(続く)