其の三十六 日本は、政治体制に変革が生じても、国体には変化が生じない国!

権力を手に入れることしか眼中に無く、名誉欲や金銭欲に取り憑かれている低徳政治家の襟を正す。そうして、道義における彼らのお手本となるお言葉を発するところに「天皇の存在意義」がある。それが、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生のお考えであるというところまで述べました。

河戸先生の盟友であり、皇宮警察警務部長であった仲山順一氏がこれに同意し、「単なる選挙元首だと、敬意も一体感も湧いてきませんね」と述べました。(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとp.233.)

多数の中から選ばれただけの人物では崇高さに乏しく、一体感の要としての重みに欠けるというわけです。河戸先生が、さらに語ります。

「「それに付け加えて言うと、天皇には、道義の師表だけでなく、変革の中心原理という役割もある」と河戸が声を張り上げて語り始めた。」(同p.233.)

変革の中心原理とは、日本に変革が必要となったときに、天皇がその中心になるということを意味しています。天皇が中心となることで、政体(政治体制)に変革が生じても、国体(国家生命体)には変化が生じません。それが中心原理であり、日本に革命が起こらないことの大本があるのです。

河戸先生の言葉が続きます。

「「歴史をみると、万世一系の天皇を日本国の中心人格として奉戴(ほうたい)しようという考えは、江戸初期の山鹿素行に始まったんだ。それを受け継いで尊王論を発展させたのが、浅見絅斎らの朱子学者で、その動きは水戸学を経てやがて明治維新を起す原動力になった。この討幕運動において、天皇は単に国民統合の象徴ではなく、政体変革の原理でもあったわけだ」元陸軍少佐の河戸博詞は、山鹿素行の代表作『中朝事実』に心酔し、素行の著作を研究する素行会を主宰していた。明治神宮会館で行われていた素行会の会合に仲山も出席したことがある。」(同p.234.)

河戸先生は、山鹿素行の研究を行う素行会の幹事であり、明治神宮で研究会を開催していたということは先にも触れています。林も数度研究会に参加しており、少人数の厳粛な会であったことを覚えていますが、その場に仲山氏がおられたかどうかは記憶にありません。

天皇は単に国民統合の象徴ではなく、政体変革の原理でもあったという河戸先生のお考えには、大変深いものがあると思われます。(続く)