其の四十 政治のまつりごとと、祭祀のまつりごと。天皇は両者を担われる

天皇は、二つの「まつりごと」を担われます。一つは政治のまつりごと、もう一つは祭祀のまつりごとです。天皇は元首であると同時に、祭祀王でもあるのです。

昭和天皇のご進講役であった三上照夫氏は、次のように述べました。

「天皇は、かつて神界からのお伝えを臣下に伝えるとともに、臣下の罪穢れ(つみけがれ)の解消を祈るアラヒトガミでありました。そいうものとして、天皇は、国家運営の道義的および霊的責任を担ってきました。その立場から、戦前は、利益誘導政治に対して戒めの詔勅を発したり、総理に施政の不審点を問いただすなど、精神的な押さえにもなっていました。ところが、戦後は単なる象徴になってしまったので、道義的な指導の最終責任を取る人がいなくなってしまいましたね。道義の師表としての天皇を幽閉してしまったので、戦後は衆愚政治につきものの腐敗と醜聞(しゅうぶん)が絶えなくなったのです」(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとp.239.)

天皇は、宮中祭祀を通して、見えない世界(神界)からコトバを受け取ります。
その際、巫女であり神職でもある内掌典が補佐しました。かつて内掌典は、女性が持つ霊的な感受性を生かすことで“側近”として天皇を助けてきたのです。

そして、天皇は臣下の政治姿勢を正すため、見えない世界からのコトバをもとに「戒めのお言葉」を発せられます。戦前のことですが、政治家が天皇の前に進み出ますと、まるで少年の頃に恐い先生の前に立たされたときのように、声と足が震えることがあったそうです。

霊的に純粋な天皇陛下には、全てを見透かされてしまって何も隠せない。部下に威張り、敵に怒り、ライバルを妬み、強い相手には媚びを売る…。目の前の私利私欲に囚われ、権力闘争に明け暮れてばかりいる自分たち政治家の、その小ささと醜さにすっかり恥じ入って震えてしまうわけです。

元首であると同時に祭祀王でもある以上、天皇は、権力の頂点に立っている国王とは次元が違います。法王と皇帝、両者の尊厳と役割を併せ持っているのが日本国の天皇です。

戦前、天皇を現人神(あらひとがみ)ともお呼びしました。「あら」は「現れる」の「あら」で、まさに人間としてのお姿を持って現れた神が現人神なのです。

さて、戦前においても、政治は立憲主義を原則としていました。その中で、戦前の昭和天皇は、どのように政治家を戒められたのでしょうか。(続く)