日本には「建国の理想」があります。それを表明されるのに最も相応しい人物は、人皇初代・神武天皇の血統と霊統を受け継がれる今上天皇です。
大和言葉・国学の師匠である河戸博詞先生の盟友・同志で、昭和天皇のご進講役であった三上照夫氏は次のように語ります。
「我々国民は、ややもすれば日々の生業の中で生活体系に流され、必然的に争いの当事者になる危険に晒(さら)されています。従って、国民のこうした(※日常の)努力だけでは、とても国家全体としての生命結合の体系化は実現できなかったと言わざるを得ません。その中にあって、天皇は常に公正無私の立場に立ち、人とはどうあるべきかを身を以て我々に示してまいりました。
それによって、国民は己の立場に於いて『人らしく生きる』とはどういう事かを常に顧みる機会を得、自らもかくあろうとすることができたのです。」(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとpp.311-312.)
※は筆者注
表面的には先にも述べましたように、皇位を巡っての争いなど、君主の存在自体が闘争の根源になっているではないかと思える場合がありました。しかし、一般に君主国は政争が緩やかであり、君主になれる可能性を有する者を王族・皇族などに制限することで、無用の権力闘争に歯止めをかけることが出来ます。
そもそも人は相争う存在であり、社会を無秩序に放っておいたら闘争だらけの世の中となってしまいます。そこで必要となるのが、全体調和の要となる中心人格です。
それは、誰でもいいというわけにはまいりません。やはり、正統性があって尊崇出来、高い霊格をお持ちである人物が相応しいのは言うまでもないことです。
そういう人物となると、日々の生業に追われ、自分の事・目の前の事にばかり目を遣ってしまう我々国民の中から見付けるのは、なかなか至難の業となるでしょう。
しかし、「常に公平無私の立場に立ち、人とはどうあるべきかを身を以て我々に示して」くださる天皇陛下であれば、中心人格として国民を統合してくださることになります。
そういうご聖徳(せいとく)は、歴代天皇の御製によく示されております。
(続く)