自分の天分・天性は何か。それを具体的にどう生かすか。そもそも、天分・天性を生かすのは何のため・誰のためか。これらが明確になったときに、志が立ったということになります。
天分とは「天からいただいた我が持ち分」、天性とは「天からいただいた我が個性や特性」のことです。一人一人顔立ちや性格が違うように、誰にでもその人特有の天分や天性があります。
しかし、いくら可能性に満ちた天分や天性があっても、それを生かすための具体的方法が見つからないと宝の持ち腐れで終わってしまいます。また、それを生かす対象は誰か、用いる目的は何かといったことが明確にならないと、考え方が自己中心的になったり、動き方がアンバランスになったりして、ブレが生じ不安定になります。
志は、ただ闇雲に考え、適当に立てればいいというものではありません。やはり行為(行動)と意識(目指している方向)が一致していないと、たちまち崩れてしまいます。
そのうえで、志に生きている自分を、心の中に鮮明に描くことが重要となります。
「(どんな動作であれ)ただやればいいかというとそうではないのである。ここに統一された意識が必要になってくるのである。統一された意識というのは、自分が目的としている行為と意識とが一致していることなのである。自分が目的とすることが予め心のうちで充分にねられていることなのである。
例えば、自分が上手に字を書いている姿、踊っている姿、球を打っている姿を頭に描いてそれを脳裏に深く印象づけてから行為に移るのである。この心裏に描くことの効果はこの教えを実行した者には単的にわかるだろう。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房78頁)
その事に没入した状態のことを「ゾーンに入った」などと表現します。上手くいっている様子を心裏に描くイメージトレーニングは、ゾーンに入る上で、とても有効だと思われます。(続く)