其の百四十五 臍(へそ)の下に、丹田という心身統一の根本となる部位がある…

臍(へそ)下の下腹部に「丹田(たんでん)」という、心身統一の根本となる部位があります。丹田は解剖学的に確認されるものではなく、生きている人体に存在し、中心統一の働きを為しております。場所は、臍の下約5~9cm(※古来、臍下三寸にあるという)のあたりの奥になります。下記の文中の「下腹」は、丹田を指しているものと考えられます。

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其の百四十四 流れに身を任せるところから、「日々好日」の安定感が生まれる…

相手に対し、抑え付けようという意図や、使ってやろうといった下心を持つことなく、いつも自然体で接していく人がいます。そういう人が放つ人間的魅力(器量)に感化されますと、いつの間にか仲良く和合している自分がいるものです。

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其の百四十三 抑え付けよう、使ってやろうという意図や下心があるから警戒される…

対人関係で“特殊”な能力を発揮する、ある中学生の男子がいます。皆が手を焼いてしまうような生徒とも、難なく仲良しになれる力を持っているのです。

その男子は、巧みな言葉で相手をねじ伏せるのではなく、威圧感で上から抑え付けるのでもなく、自然体のまま人と親しくなり、いつの間にか相手を大人しくさせているのです。先生たちは、すっかりその男子を頼りにするようになりました。

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其の百四十一 存在を維持するためには、現状のままでいたらダメ…

自然の働きが「神」、生命の作用が「神」です。あらゆるものが「神の現れ」となっています。自然や生命は、必要なら新たな物を形作り、そうでなければ不要な物を取り去ります。その現れに真実があると、沖導師は説きます。

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其の百四十 カミ(神)は生命に内在し、働きや作用を起こしている…

メガネはどこいった? あちこち心当たりを探してみるが見つからない…。
一体どこで無くしたのだろうと考え込み、思わず手を頭に当てたらメガネはそこ(頭)にあった、なんていう笑い話を幼少の頃テレビで観た記憶があります。大切なものは、自分自身に備わっているという例え話です。

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其の百三十九 病を治す作用や、悩みから救われる働きは、自己の内に備わっている…

そもそも「自然」には内在する知恵があります。それを松下幸之助塾長(松下政経塾)は「自然知」と呼びました。自然知に基づいて進めていくのが、師が提唱されていた「新国土創成論」です。それは単なる開発とは違う、天地人一体の大構想でした。

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其の百三十八 現象に流されること無く、同時に観念に迷い込むことも無い…

「昔、ここは○○屋さんだったなあ…」とか、「ここにあった蕎麦屋さんに、ときどき出前を頼んでいたなあ…」などと、感慨深く振り返ることがありませんか。

いま居るところや、かつて住んだところの一昔前を思い起こすと、その頃お世話になった店々(みせみせ)が、今はかなり入れ替わっているという現実に氣付かされます。その一方で、たとえ以前より寂れているとしても、(全体が消滅していない限り)街が街であることに変わりが無いということにも感じ入ります。

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其の百三十七 一見、不要と思われかねない作法の中に大事なものが潜んでいる…

子供の頃、テレビで大相撲を見ていて、「お相撲さんって、どんどん入れ替わるんだな…」って思ったことがあります。成績によって力士の番付が場所毎に移動し、前までいた力士の名前が消えていく(下がっていく)ことに無常観を抱いたのです。やがて何年も経つと、昔からいたお相撲さんが僅(わず)かになってしまうことに、何とも言えない淋しさを感じました。

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其の百三十六 こちらの色メガネで、相手を決め付けてしまうのは本当に恐いこと…

人間は、過去の経験を知識(知恵)として積み重ね、それを状況判断に生かしています。こういうときにはきっとこうなるとか、こういう人は後でこう出るなどと、経験知を今と後(のち)に生かしているのです。それが、いつも的確ならばいいのですが、「妄執」によってズレが起こると大変です。

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