其の百三十 優秀な役者や、相撲取りが身に付けている呼吸…

第三の呼吸である止息、それをヨガではクムバクと言います。クムバクには、意識を集中させたり、内在する力を引き出したりする働きがあります。具体的には、演劇や角力(すもう・相撲)の際に必要となる呼吸だそうです。

「芝居で相手を自分に感応させようと思う時に、息を止めることを「息をつめる」という。また角力の極意は「忍(オシ)の呼吸だ」と言われる。これはクムバクして吐く息で攻めて行くことで、勝負はこの二つの呼吸で決まるのである。従って勝負の稽古にプラナ・ヤマやクムバクの練習を加味してすれば早くコツを会得することができるのである。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房p.103.)

息を止めれば心と体が一つに結ばれ、息をつめれば心が体を主導します。その上で精神エネルギーをしっかりと相手に伝えれば、役者同士の感応によって感動的な芝居が出来るようになるというのです。

また、角力の「忍の呼吸」も、息を止めて集中力を引き出します。息はずっと止めたままでいることは出来ませんから、クムバクして中心力を高めつつ、そこから息を吐いて攻めていくことになります。「勝負はこの二つの呼吸で決まる」というのは、止める息と吐く息の二つの呼吸の流れを上手く作れということでしょう。

そして、「勝負の稽古にプラナ・ヤマやクムバクの練習を加味してすれば早くコツを会得することができる」と沖導師は教えます。プラナは宇宙に遍満(へんまん)し、生命力の元となる根源的要素のことで、それを自己化することをプラナ・ヤマと言います。

自己化したプラナをしっかり放出出来るよう、「ムッ(ンッ)!」と止めた息を、そのまま「ム-ッ…」と吐くことで集中力や中心力を高めていけば、それが「勝負の稽古に」もなるというわけです。

「ムッ!」と息を詰める呼吸は、「密息」とも言います。密息は、息を吐くときに腹をへこませません。肩などに入っている余分な力を抜き、丹田を中心に「ム-ッ…」と下腹を膨らませながら息を吐くことによって、宿されている底力を引き出すための呼吸が密息です。優秀な役者や相撲取りは、稽古によって自然にプラナ・ヤマを体得し、クムバクによる密息が身に付いているのだろうと推測します。(続く)