人には、それぞれ境遇や立場というものがあります。片方の境遇の者が、もう一方に対して自分と比べ、蔑んだり悪く言ったりするのは、全く浅はかな態度であるということを兼好法師は指摘します。
連載
其の五十二 親から受けた恩や人の苦労は、子を持つことで分かって来る…
諺(ことわざ)に「子を持って知る親の恩」とあるように、子育てを通して人の苦労や、親から受けた恩を感じられるようになることは確かです。
でも、子を欲しても授からない人がいるのですから、子を持たねば情が深まらないと決め付けてしまうのは如何なものかと思います。子が無くても愛情深い人は普通にいますし、子がいながら冷酷な人も多く存在します。それを前提に、この話を受け止めたいと思います。
其の五十一 母親の執念と幽霊子育飴
兼好法師は人間観察がとても好きで、外見と中身の違いに注目しました。人間は、なかなか見た目では分かり難いもので、優しそうに見える者が極めて冷淡であったり、恐ろしそうな外見の者が意外にも優しい人であったりします。
其の五十 約束を守るコツは、約束しないところにある?!
はっきり嫌だと言えば、そこで喧嘩(けんか)になる。だから、相手への思い遣りとして遠回しに言う。それが、都に生きる人たちの知恵とのことです。
でも、筆者のような無風流な田舎者は、そういう遠回しな表現に、しばしば戸惑います。そのままストレートに受け止めて構わないのか、それとも言葉の行間を察するようにすべきなのかで迷うのです。
其の四十九 これ以上偉そうに振る舞うのは、不格好だからお止(よ)しなさい…
都に上ることを、上洛(じょうらく)や入洛(じゅらく)と言います。洛は、チャイナの国都の一つとして知られる洛陽(らくよう)のことです。我が国では京都が都なので、天下を目指し、その要である京都に入ることが上洛や入洛でした。
源平争乱の頃、京都には平氏や源氏の武将たちが上洛し、また幕末維新期には、薩摩や長州などの雄藩や、全国の志士たちが入洛しました。彼らは都で一時(いっとき)勢力を誇りますが、やがて去っていく運命にもありました。
其の四十八 兼好法師の頃にもあった、東国と都の人間性の違い…
堯蓮上人は、元は東国の荒くれた武者でした。人を斬らねばならない武士という稼業に、次第に嫌気が差して出家したのだと思われます。
あるとき、故郷の知り合いが都にやって来て、堯蓮上人を訪ねました。あれこれ語り合う中に、東国と都の人間性の違いについての話題がありました。
其の四十七 信頼出来るが、実は冷たい。優しい分、つい嘘をついてしまう…
鎌倉幕府成立以後、武士が東国を中心に勢力を増す一方、都は次第に窮乏していきました。兼好法師は、その両方に住むことで、東国と都の違いを実際に体験しています。人間観察に優れている法師の心に響いた話題が、第百四十一段に出ております。
其の四十六 心待ちにして迎えた夏祭りが、翌日の昼で終わったときの淋しさ…
騒がしく見物席に登っては、行列をジロジロ見る。そして、ああだの・こうだのと批評する。それでは、お祭りの表面だけ見ているに過ぎないと、兼好法師は指摘しました。ならば、どういう見物の仕方なら「これぞ本当の祭り見物だ」と、合格点をいただけるのでしょうか。
其の四十五 お祭りの面白さを、一つの流れとして味わいたい…
賀茂祭(かもまつり)は京都を代表する祭で、下鴨神社と上賀茂神社の例祭です。雅な平安装束をまとった人々が練り歩くことで知られ、葵の緑の葉を簾(すだれ)に掛けたり、行列の勅使(行列の最高位)や斎王代(輿に乗った祭りの主役)、共奉者の衣冠などに飾ったりすることから、葵祭(あおいまつり)とも呼ばれます。
其の四十四 メインとなる出し物だけ見て、これで見物は済んだと思い込むのは残念
何かの行事を見物する場合、その主たる展示物や、メインとなる出し物だけ見て、「これで見物は済んだ」と思い込むようでは残念です。行事の準備から終了後に至るまで、全体を流れとして味わってこそ、しみじみと心に染み入るものがあります。