双六(すごろく)という、奈良時代に中国から伝わった遊びがありました。「ふりだし」から「あがり」を目指して進んで行く、現在の「すごろくゲーム」とは全然違います。盤の上に双方が白か黒の石を並べ、二個の賽(さい)を振って出た目だけ進み、早く敵陣に入り込んだほうが勝利となるのだそうです。
この双六にも面白さがあり、練達して名人と呼ばれる者もいました。名人が言うには「勝つ方法よりも、負けない方法を考えよ」とのこと。
その理由として、勝つことばかり考えていると、どうしても視野が狭くなって自分の都合しか見えなくなるのに対して、負けないための方法を考える場合は、相手の狙いを察知するようになって大局を捉え易くなるということがあります。
勝利を意識し過ぎれば、頭がカッカしてきて焦り出し、部分に囚われて、うっかりしたミスを犯し易くなります。一方、どうしたら負けないかを思案していけば、冷静になれる分、相手がはっきり見えてきて失敗し難くなるというわけです。
よく「成功を鮮明にイメージせよ、そうすれば勝利する」といった教えがありますが、その中に「負けない方法を考える」ということが、ちゃんと含まれているものと思われます。
《徒然草:第百十段》
「双六の名人と言われる人に、その方法を問いましたところ、「勝とうと思って打ってはいけない。負けまいと考えて打たねばならない。どの手を選ぶと早く負けるだろうかと思案して、その手は使わないで一目でも遅く負けそうな手を用いねばならない」と答えてくれた。
このような芸道を知っている者の教えは、身を修めることや、国を保つことにおいても、また同じである。」
※原文のキーワード
名人…「上手」、方法…「手だて」、どの手…「いずれの手」、早く負けるだろうか…「疾(と)く負けぬべき」、思案して…「案じて」、負けそうな手…「負くべき手」、用いねばならない…「つくべし」、同じである…「しかなり」(続く)