其の四十三 感動やときめきは、心の中に残り続け、いつでも再現させられる

月や花は、ただ目で見るばかりがいいのではない。「春は家から出て行かなくても、(秋の)月の夜は寝室の内にいながらでも(情景を)思い浮かべることは、とても心豊かで趣がある」と兼好法師は述べます。

以前どこかで自然に感動し、風景に心ときめいた気持ちは、その後も残り続けます。残像や残響となった想いです。それは心の中にあって、いつでも再現させられます。過去の豊かな想い出を、心でしっかり味わい直すことが出来るのです。そのときの自分と今の自分が、時空を超えて共鳴するというわけです。

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其の四十二 どんな物事も、盛んなときばかりがいいのではない…

長文の第百三十七段には、兼好法師の深い美意識が、具体的な事例であれこれ表現されています。どんな物事も盛んなときばかりがいいのではなく、むしろ始めと終わりが趣き深いと。そして、その美的感覚を共有出来る友人がいて欲しいとも述べています。

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其の四十一 美しいと感じられるのは、そう感じている本人の心が美しいから

何かを見て美しいと感じられるのは、そう感じている本人の心が美しいからです。たとえば、無私の心で一所懸命人に尽くす姿を見たとき、我々は「なんという美しい生き方だろう」と感動します。

それは、自分の心の中にも同じように美しさがあるからで、「いや、善い人と思われたいから、無理して他人の世話を焼いているだけだよ」などと疑念の心を浮かべてしまうようなら、実際に相手が邪(よこしま)な人間であるか、あるいは自分の中に曇った心が宿っているかのどちらかでしょう。

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其の四十 今動け!と感覚したら、後れを取ることなく反応せよ

賭け事で勝ったり負けたりするうちに、ある段階で負けが重なり、手持ちの資金が底を突いてきます。まだいくらかあるものの、間もなく空っぽという状態です。

そうなったとき、残りのお金を全てはたいて一発逆転を狙いたくなるのが賭け事好きの心理です。次こそ自分に有利な目が出て、必ず勝てると期待するわけです。

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其の三十八 少しでも遅く負ける手を用いよ!

双六名人は、勝とうと思わず、負けまいと思って打てと諭しました。勝つ方法ではなく、負けない方法を考えよと。

そこで、まずどうしたら早く負けるかを考えてみます。こちらの弱点を洗い出し、相手が仕組んで来そうな手口を一通り予想してみるのです。それらが浮かべば浮かぶほど、どうなって早く負けるかと共に、どうしたら遅く負けるかについても明らかになることでしょう。

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其の三十七 勝つ方法よりも、負けない方法を考えよ

双六(すごろく)という、奈良時代に中国から伝わった遊びがありました。「ふりだし」から「あがり」を目指して進んで行く、現在の「すごろくゲーム」とは全然違います。盤の上に双方が白か黒の石を並べ、二個の賽(さい)を振って出た目だけ進み、早く敵陣に入り込んだほうが勝利となるのだそうです。

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其の三十六 解決して気が緩んだときが要注意

有名な木登り名人と言われた男が、弟子を高い木に登らせたときの話です。弟子は、ある程度修練を積んだ者のはずで、手際良く登って梢を切り終え、するすると下りてきました。

誰が見ても高くて危ない間は、名人は何も言いませんでした。ところが軒長くらいの高さになったとき、すかさず「失敗するな、注意して下りよ」と言葉を掛けたのです。

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其の三十五 人は、難しいところよりも、簡単なところや楽なところで失敗する

「高名の木登り」の段を初めて読んだのは、確か中学生の時であったと思います。教科書に出ていて、それを授業で暗記させられたことを覚えています。

人は、難しいところよりも、簡単なところや楽なところで失敗する。何事もホッとするときが危ないという教訓に、なるほどと思いました。

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其の三十四 成長するかどうかは、今出来る事をしているかどうかで分かる

綜學という全体学を研究し、著作と講義に務めることが筆者の天職です。いわゆるデスクワークの中で最も時間を割きたいのが綜學の基礎研究ですが、毎日庶務に追われ、なかなかじっくり基本を学べる時間が取れないのが日常です。

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