誰でも、日常に追われて生きております。大抵(たいてい)の目の前に起こる出来事には、差し当たって、すぐにでもやらねばならないという緊急性が付きまといます。
日常の実務というものは、外すことの難しい必要な務めです。それに、いくら目の前の作業とはいえ、やれば達成感が生じ、心が充実します。
誰でも、日常に追われて生きております。大抵(たいてい)の目の前に起こる出来事には、差し当たって、すぐにでもやらねばならないという緊急性が付きまといます。
日常の実務というものは、外すことの難しい必要な務めです。それに、いくら目の前の作業とはいえ、やれば達成感が生じ、心が充実します。
ある者が息子を法師にしようとしたところ、息子は乗馬や早歌にばかり励んでしまい、結局息子は僧侶になれないまま年老いてしまったという話ですが、本当のところ息子は僧侶になりたくはなかったのではないかと述べました。それと共に、単なる生活の手段として、息子に法師をやらせようとしたのも間違いだったのではないかと思います。
徒然草には、実話かそれに近い言い伝えが、例え話として沢山書かれています。本題に入る前に例え話があれば、読み手の気持ちがほぐれてきて、その後の話を受け入れ易くなります。第百八十八段には、次のような話が前置きとして出ています。
不器用な専門家、器用な非専門家。これらを比べると、前者のほうが勝っているというのが兼好法師の見解です。その理由は、専門家と非専門家とでは、努力や姿勢に差があるからです。
諸道諸芸における一流の人物が修業時代を振り返りますと、かなりの人が、始めた最初の頃は鈍くて下手であったと語ります。仲間たちに比べ、自分は随分不器用だったが、諦めることなく続けているうちに段々上手くなっていき、気が付いたら一流の仲間入りを果たしていた、などという感想を述べるのです。
「吉田と申す馬乗りの」とありますが、この吉田がどんな人物かは不明です。
「吉田兼好」とも関係ありません。そもそも兼好法師の正しい姓名は卜部兼好(うらべかねよし)であり、吉田姓は捏造として、後から付けられてしまったものであることは先述の通りです。
達人や名人が語る「極意」などと聞くと、きっと一般の素人には及びも付かないような秘訣があり、それは神懸かっているに違いないと思われがちです。ところが、大抵は「毎日の修練を怠るな」、「工夫しつつ継続せよ」といった類の“普通の教え”であることが多いものです。
さて、時頼の母・松下禅尼が、煤けた障子の破れを自ら小刀を使って修理されましたところ、その日の世話役としてお仕えしていた禅尼の兄・秋田城介義景が、代わりに誰か器用な者に張らせましょうと申し上げました。
出家して最明寺入道と名乗った時頼には、みすぼらしい旅の僧に変装して諸国を行脚したという伝説があります。大雪の中、上野国(こうずけのくに)の佐野を訪れまして、御家人の佐野源左衛門尉常世(さのげんざえもんのじょうつねよ)の家に泊まります。
名執権として知られる北条時頼には、その母親の賢明さを称える逸話があります。武家政権らしく質実倹約に努め、驕奢な生活を戒める心得が、母親の教えにあったとのこと。
貧しさは人を卑屈にし、贅沢なだけの豊かさは人を堕落させます。政治は国民を卑屈に陥らせても、堕落に導いてもいけませんが、まず上に立つ指導者から己を戒めなければなりません。