其の八十 まず人間に共通した特性を知り、その上で個々の人間の天分・天性を掴め!

「吉田と申す馬乗りの」とありますが、この吉田がどんな人物かは不明です。
「吉田兼好」とも関係ありません。そもそも兼好法師の正しい姓名は卜部兼好(うらべかねよし)であり、吉田姓は捏造として、後から付けられてしまったものであることは先述の通りです。

それはともかく、その吉田という馬乗りが言うには、どの馬も手強くて危険であり、そもそも「人の力では争えない」ことを知っておくべきだと。そして、「これから乗ることになる馬を、まずよく見て、その強い所と弱い所を知らねば」ならないとのことです。

馬乗りは、まず馬共通の特徴である力強さを心得よと教えました。力の強さを馬力で表すくらい、全ての馬が剛力を持っており、到底人間が対抗出来る相手ではありません。その次に、馬にも個性があり、今から乗る馬の性格や長所・短所をよく見ておくよう促します。

これを人間相手に置き換えれば、まず人間に共通した特性を知り、その上で個々の人間の天分・天性を掴んでいくという順序になります。

続いて、馬具のチェックです。馬の口に付ける轡(くつわ)や、人が乗る鞍(くら)などをよく調べ、破損や故障が無いか確認します。

そうして、もし「心に掛かることがあれば、その馬を走らせては」ダメだと諭しました。よく調べもせず、不安を隠したまま乗るというのは全く愚かな危険行為なのです。

即ち、常に入念な確認を忘れず、周到な用意を怠らないのが、本物の馬乗りの条件となります。馬に乗るには、いざ走らせるときよりも、乗る前が重要というわけです。

このように、事前準備として、当たり前の事を愚直に整えておくという習慣が、一流となるために必要な心得です。それを「秘蔵の事」と表現しているところに、極意というものの面白さがあります。それにしても兼好法師は、達人や名人の極意、秘伝、コツといった話が好きですね。(続く)