腹が減ってひもじいのは自分、転んで痛いのも自分。ひもじさや痛さを誰かに代わってもらうことが出来ない以上、ここに「自己という明確な存在」があるという事実を、誰もが認めざるを得ないことになる。
とはいえ、自己はただ自己として、他と隔絶して存在しているわけではない。
「自分」が突然この世に登場するはずはなく、必ず親や先祖がいることによって誕生している。また、天地自然という環境、生まれ育った時代、他人とのご縁などによって成長を遂げていく。
腹が減ってひもじいのは自分、転んで痛いのも自分。ひもじさや痛さを誰かに代わってもらうことが出来ない以上、ここに「自己という明確な存在」があるという事実を、誰もが認めざるを得ないことになる。
とはいえ、自己はただ自己として、他と隔絶して存在しているわけではない。
「自分」が突然この世に登場するはずはなく、必ず親や先祖がいることによって誕生している。また、天地自然という環境、生まれ育った時代、他人とのご縁などによって成長を遂げていく。
「人間」の本質は何か? 物質なのか、それとも精神なのか…。人間を物質の集積と捉えたら唯物論、精神の現れと捉えたら唯心論となる。
河戸国学は、唯物論も唯心論も超えている。物質・精神に二分することなく、身体と心体を一体に捉え、それらの融合によって霊体が生じるとするのが河戸国学の霊魂観である。
昭和天皇と、ご進講役の三上照夫氏…。侍従長の入江相政氏は横からこの二人を見て、その深い対話から、なにやら霊性の高さを感じた…。宮崎貞行氏は、その様子を次のように述べている。
「陛下と三上の間には、なにかしら共通の資質というものがあって、それが瞬間的に交流し、放電し、火花を散らし、新しい磁場を現成させているのではないだろうか。
その共通の資質とは、眼に見えない一種の霊質のようなもので、うまく表現できないが、人体を覆うとともに、人体に形を与え、人体の活動をそれとして成り立たせている根源の霊的エネルギーといってもよいのではないだろうか。最近はやりの言葉でいえば、オーラというものかもしれない。」(2018宮崎貞行『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』きれい・ねっとp.77.)
筆者が松下政経塾に合格した23歳頃のことと記憶しているが、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生のお供をして、宮中三殿にお参りさせていただいたことがある(23歳であれば、昭和54年・西暦1979年)。それをきっかけに、その後3回ほど、宮中祭祀のお手伝い(助勤)に上がらせていただくことになる。
皇居に参内するときは、河戸先生が運転される車に同乗させてもらった。門の守衛に対して、河戸先生はいわゆる顔パスであったように記憶している。宮内庁には事前に連絡してあったに違いないが、どの守衛も河戸先生をよく覚えていて笑顔で通してくれた。
天皇は、単なる象徴ではない。象徴では“飾り物”となってしまう。高い霊性によって国民に「進むべき大道」を指し示されるところに、スメラミコトの存在意義がある。そうでなければ価値が無いと、大和言葉・国学の師である河戸博詞先生が常々語っていた。
天皇を大和言葉で、スメラミコト、スベラミコト、スメラギ、スベラキなどとお呼びする。これらに共通する音が「ス」で、ス音はサ行+ウ段で成立している。そのため、サ行音の持つ繊細さと、ウ段の音(ウクスツヌ…)の持つ閉じる働きが、しっかりと組み合わさって音義(音の意味)となっている。
洲(す)、透く、進む、鋭いなどのように、ス音には「前に鋭く出ていく」という先鋭の意味があり、先鋭である以上、ただの象徴であってはいけないのである。
高校3年生のときのこと、教室の後ろに張られている「世界史年表」を見ていて、ふと思った事がある。世界の国々は、国家そのものが何度も替わっている。その中で、日本だけは昔から今に至るまで日本のまま変わらないのではないかと。
年表を見る限り、日本は「一続きの国家」であると感じてならない。でも、その理由が分からない。そこで、日本史の授業のときに質問してみた。教師は、苦しい作り笑いをしながら顔を真っ赤にした。そして、しどろもどろに国家の要件だの、日本の歴史にも紆余曲折(うよきょくせつ)があるだのと喋っているのだが、納得のいく核心を突いた答は何一つ無かった。
吉野ヶ里遺跡の主祭殿に、“高次元のまつりごと”が復元・展示されているということを述べた。見えない世界の霊性を、いかにして見える世界の政治に反映させるか。それは古今東西、人間社会における必須の課題であった。
我が国の場合、高次元のまつりごとは、宮中祭祀によって現代に至るまで継承されてきた。天皇陛下と宮中祭祀、さらに天皇の権威について考察を深めていこう。
佐賀県にある吉野ヶ里遺跡に行かれたことがあるだろうか。そこでは、日本の国柄(くにがら)の祖型を見ることが出来る。弥生時代の水田稲作によって人口が増え、集落(ムラ)が興り、それが集まって一つのクニが形成されていく様子を感じ取ることが出来るのだ。
吉野ヶ里遺跡には、復元された建物群がある。その中で、最大規模のものを「主祭殿」と呼ぶ。その最上階は祭祀の間で、その下が政治の間となっている。
天皇陛下は、いつも国家の繁栄と国民の幸福を祈られている。「天皇のまつり」すなわち宮中祭祀について、皇學館大学特別教授で神道学博士の松浦光修(みつのぶ)氏は、次のように述べている。
「毎朝、天皇陛下の代理の侍従が「宮中三殿」にお参りし」、その間「天皇陛下も「おつつしみ」になっている」(2025松浦光修『そうだったのか!日本の神さま』株式会社経営科学出版p.58.)
現代科学の基本は、シンプルロケイションにある。研究の「対象」と「場」を、可能な限り部分化・単純化・局在化・専門化していく。
研究にあたっては、常に根拠を求め、それを物的な証拠から見出し、数値で表せる客観性(データ)を重んじ、(条件が一緒なら同じ結果が出るという)再現性を強く求めていくことになる。