第五は「険」で、その地形を「険形」と言います。これは、敵味方どちらにも危険の多い地形です。険しい場所である険形は、隘形と同じく、どちらが先に入っているかが問われます。
そこで、「こちらが先居しているときは、必ず南を向いた高地を確保して敵を待て」と。日当たりの良い南向きの、上から下りながら攻めていける高地を占めておけば、断然有利となります。
第五は「険」で、その地形を「険形」と言います。これは、敵味方どちらにも危険の多い地形です。険しい場所である険形は、隘形と同じく、どちらが先に入っているかが問われます。
そこで、「こちらが先居しているときは、必ず南を向いた高地を確保して敵を待て」と。日当たりの良い南向きの、上から下りながら攻めていける高地を占めておけば、断然有利となります。
第三は「支」で、その地形を「支形」と言います。これは、こちらが行くにも不利、相手が来るにも不利という地形です。「支形では、敵が利で誘って来ても、こちらから出てはいけない」とのことで、焦らないで「一旦退却し、敵を半ばまで出させてから撃てば有利に」なります。
そもそも「支」は分かれた枝道のことです。支形は、左右に分岐していて、どちらにも行ける二股です。二股なら、どちらを進んでも良いようですが、もしも味方が半分しか進んでいない(抜けていない)ところへ、もう一方のルートを進んで来た敵によって横を突かれたら大変です。
勝つためには、地の利を得なければなりません。戦場の地形をよく観察する必要があり、その第一が「通」です。通の地形、即ち「通形」は、敵味方どちらからも向かい易い状態にある地形のことです。四方に通じており、「こちらから行けるし、相手からも来られる」という進み易い地形です。
これを、仕事や人間関係における状況に置き換えてみます。双方どちらからも進み易い状況にあるというのですから、こちらがモタモタしていれば、相手は遠慮無く向かって来るという様子でしょう。
勝つためには、地の利を得なければなりません。そこで孫子は、戦場の地形を次のように6分類しました。
・通形…敵味方どちらからも向かい易い地形
・挂形(かいけい)…行くことは出来るが、帰ることが難しい地形
・支形…こちらが行くにも不利、相手が来るにも不利という地形
・隘形(あいけい)…狭い場所
・険形…険しい場所
・遠形…遠い場所
「教育で部下と心を合わせ、武威で部下を統制する」ことの重要性を述べた後に、孫子はもう一言付け加えます。それは軍法や軍律など、法令の徹底です。それが平素から守られているかどうかについて、「法令が普段から行われていて人民に教令すれば、人民は服従する。法令が普段から行われていなければ、人民に教令しても、人民は服従しない」と諭しました。
次に、部下に間違いを指摘したり、罰を与えたりするときの注意事項です。それが上手く行くときの条件を一言で言えば、「上司の人間そのものが信頼されていること」に尽きます。人間自体が信じられているなら注意がしっかりと行き届くでしょうが、不信に思われ、軽蔑されているような場合は、「あんたにだけは言われたくない」と反発を受けることにもなりかねません。
行軍篇その6では、下記のような心得が述べられています。
・兵士は多ければいいというものではなく、集中が大事。
・兵士がなついていないと、罰を与えるほど動いてくれなくなる。
・法令が信じられないと、人民は付いて来ない。
《孫子・行軍篇その六》
「兵は多いほど益々貴ばれるというものではない。ただ武力で猛進してはいけない。戦力を集中し、敵情を料(はか)れば、相手を奪取するのに十分だ。ところが思慮無く、敵を侮れば、相手の擒(とりこ)となってしまう。
荷を運び、戦車を牽く。そのために必要な家畜が馬です。これを殺すとは、一体いかなる状況でしょうか。第一は食糧不足です。「馬を殺して肉を食べてしまうのは、軍の食糧が無くなったから」だと。さすがに軍馬まで殺してしまったら戦闘にならないので、殺す馬は運送用の馬だろうと思われます。
そして「炊事道具を打ち壊してしまって幕舎に帰ろうとしない」という事態になると、決戦を前にして最後の食事を終えたことを意味します。追い詰められて「賊化し」、死に物狂いで向かって来る敵であるということを意識しておかねばなりません。
孫子の観察力は、実に細やかです。「敵兵が杖を突いて立っている」のを見て、これは「食糧不足で飢えている」のだろうと察します。現代であれば、人が壁や手すりに寄り掛かりながら立っている姿に置き換えられます。それが訪問先の社員の姿なら、休憩も無く働かされているということかも知れません。
あるいは、我が社の営業マンが外回り中にそういう態度を取っていれば、過労状態の会社なのだろうと思われてしまう可能性があります。
相手の状況や心理状態を察知するためには、囚われの無い心で直観を働かせる必要があります。そして、受け止めた感覚の裏付けが必要となりますが、それがこうして述べてきた孫子が示す「事実を見抜くためのポイント」です。
行軍篇その五に出て来る「有利なことが分かっていながら進もうとしないのは、疲れ切っているからだ。旗や幟(のぼり)がやたらに動くのは、軍の内部が乱れているからだ」といった事柄も、まさにそのポイントです。