その121 勝利を得るための組織づくりに徹した、リアリスト孫子の本領発揮!

「教育で部下と心を合わせ、武威で部下を統制する」ことの重要性を述べた後に、孫子はもう一言付け加えます。それは軍法や軍律など、法令の徹底です。それが平素から守られているかどうかについて、「法令が普段から行われていて人民に教令すれば、人民は服従する。法令が普段から行われていなければ、人民に教令しても、人民は服従しない」と諭しました。

要するに、組織の決まりが、常日頃から守られているかどうです。法令が普段から遵守されていれば、イザというときの教令(教導・指令)が通るでしょうが、平素に規律が弛んでいて法令が無視されているような状況下では全然ダメです。非常時になってから慌ててガミガミ説教し高圧的に命令したところで、指示が行き渡ることは有り得ません。

この平生から決まり事が信じられているかどうかという点に、激動期に一丸となれる組織かどうか、そして勝利に向かえる活動かどうかを占う基本があるのです。「法令が普段から信じられていてこそ、民衆と共に勝利を得られる」という次第です。

こうして行軍篇その六には、リアリストとしての孫子の本領がよく発揮されています。指導者が部下から信頼されることや、上司が部下から懐かれ心服を得るということ、そのために修養と教育が必要であるということ。これらは、まさに徳治を教える儒家が根本とする在り方です。

一方、指導者に威武(武将の威厳)が必要であることや、法令の遵守や罰則の徹底の重要性などは、韓非子などが説いた法家思想の内容となります。

徳治の儒家と、法治の法家。前者は、理想世界が創造出来ると信じて、仁や義に秀でた優秀な人づくりに励んでいきます。後者は、そもそも人間は中程度が多数派であり、多くは利で動くということを前提に、勢位(権勢・地位)や法術(法律・術策)によって世の中を治めようとします。

孫子は儒家のように理想に酔うことなく、法家のように人間の善性を否定し切ることもありません。対極に位置するこれらの思想を、勝利を得るための組織づくりに融合させているところに、孫子のリアリストとしての優秀さがあると言えましょう。筆者自身、両者を融合したところに人間社会をまとめていく秘訣があると考えております。(続く)