相手の気持ちが、なかなか掴めないときがあります。そういうときは、表面的な態度や雰囲気とは逆のところに、敵の真意や狙いがあるのかも知れません。
たとえば、敵側の使者がやって来て、言葉は柔弱で平和的。しかし、守備を固めつつ着々と戦闘の準備を整えているというようなときは、間もなく攻撃して来る可能性があります。「口上は謙(へりくだ)っているのに守備を増強しているときは、本当は進撃するつもりだ」というのがそれです。
相手の気持ちが、なかなか掴めないときがあります。そういうときは、表面的な態度や雰囲気とは逆のところに、敵の真意や狙いがあるのかも知れません。
たとえば、敵側の使者がやって来て、言葉は柔弱で平和的。しかし、守備を固めつつ着々と戦闘の準備を整えているというようなときは、間もなく攻撃して来る可能性があります。「口上は謙(へりくだ)っているのに守備を増強しているときは、本当は進撃するつもりだ」というのがそれです。
日本人は一般的に人間性が素直で、人の言葉をそのまま信じます。それはマコトの精神の表れとして、とても素晴らしいことですが、時と場合によっては問題となります。
外交がその一つで、相手国が平和友好的な言葉で接してくれば、ホッと一安心して警戒心を失い、高圧的な言葉で迫ってくれば、単に反発するか、慌てふためいてひたすら低姿勢を取ります。何度も謝罪させられることがしばしばあり、軟弱外交と批判されます。
予兆や前兆に敏感になるためには、それを見逃さないためのセンサーが必要となります。センサーとは即ち、状況の変化に対して「これは変だな、おかしいぞ。何か意図があるはずだ」などと受け取る感覚のことです。
「敵が近くにいながら静まりかえっているのは、地形の険しさを頼みにしているからだ」。この意味は、両軍が接近しているにも関わらず敵がひっそりと静まりかえっているのは、地形が険阻であることを頼みにしているに違いないということです。地の利を得て待ち構えていると思われる相手に対して、不用意に攻めてはなりません。
孫子の兵法とは、まさに「戦う前に予(あらかじ)め勝っておく」ための心得に他なりません。そのために必要となるのが、小さな現象から次に起きようとしている事を、いち早く読み取る観察力や注意力です。
多くの出来事に、予兆や前兆と呼ばれる「先だって発生する現象」が見られます。それを見逃すことなく観察し、今から何が起ころうとしているのか、相手の意図や狙いはどこにあるのかを察知することが求められます。
行軍篇その三に入ります。この項目では、自然の地形の中に危険な箇所がいろいろと存在していることを述べ、自軍はそこから遠ざかり、敵はそこに追い込まれるよう仕向けよと教えています。
現代においても、土地や場所、建物や環境などを、しっかりチェックしなければならないことは言うまでもありません。この項目は、このまま読めば分かるでしょうから解説は省きます。身を置く際の注意点として置き換えてみてください。
「軍隊というものは、高い所を好み、低い所を嫌う」のですが、その理由は既に述べた通り、高所から低所へ向かうほうに勢いが付くところにあります。坂道をイメージしてみてください。苦労して上らなければ前に進めないのと、楽に下りながら攻めて行けるのとでは、勢いに大きな差が出ます。
「日当たりの良い所を貴び、日当たりの悪い所を賤しむ」。これは太陽光の降り注ぐ場所に駐屯し、明るい「生氣を養」ってこそ、軍隊が「充実」するということです。日当たりが良ければ、じめじめすることがありませんから「軍隊にどんな疾病も起き」ず、自ずと「必勝」の状況が整ってくるわけです。
何を行い、誰を相手にするかによって、第一に選ぶべき場所というものがあります。少人数のコアなメンバーを集めるなら、日当たりが少し悪いくらいの、裏通りや地下にある場が向いているでしょう。秘密基地や隠れ家のような感じの所です。
反対に、明るい活動を行い、元氣な仲間を集めたい場合はどうでしょうか。やはり日当たりが良くて目立つ所に、皆が集まる場を設けたほうが目的に敵うはずです。
「軍隊の居る場所」つまり戦争におけるポジショニングには、細心の注意を払わねばなりません。「敵軍を観察するときの視点について」も、よく心得ておく必要があります。それらについて、詳細に示されているのが「行軍篇」です。
まず、山岳地帯を行軍するときの注意です。「山を越すときは谷に沿って進め」というのは、谷伝いに少しでも歩き易い道を取り、飲料水や馬の餌となる草(飼料)を確保するためでしょう。
まず地形を知り、それに応じて布陣し、軍隊を進める。この当たり前のことが出来てこそ、敵の実情を観察する余裕も生まれます。その重要な注意点や視点が、「行軍篇」に示されています。
《孫子・行軍篇その一》
「軍隊の居る場所の注意点と、敵軍を観察するときの視点について、孫子が言った。
孫子・九変篇の締め括りです。この篇が解説しているのは、臨機応変による用兵の原則です。臨機応変とは機に臨んで変に応じることで、好機(チャンス)と見たら、それを逃さないよう即応し、危険と感じたら、それを避けるよう変化する機敏さが求められます。それには心の柔軟性が必要となりますので、孫子は指揮官である将軍に対して、意識が偏ったり凝り固まったりしないよう戒めました。