先にも述べましたが、何か熱い物に触れたとき、サッと手を離すのが脊髄反射です。知覚神経によって伝達される「熱い!」という信号を、いちいち脳が判断していたら酷い火傷を負いかねません。そういうときは、脊髄が即座に「手を離せ!」という決定を下し、緊急事態から身体を守っているのです。
脳の気持ちは物を掴もうとしているのに脊髄は手を離すよう決定するという、この脊髄反射同様の、現地判断の重要性を孫子は説いています。それと共に、現場指揮官の心構えと覚悟が、地形篇その三の内容となっています。
脊髄反射を戦場に置き換えますと、その機能は、現場の将軍が現地の様子をよく掴んでおくことから起こります。敵の情勢を的確に調べ、戦場の地形を正確に把握し、その上で勝利を導くための方法を練るのが将軍の役割となります。
そして、その判断は、熱い物に触れたときの脳と脊髄のように、本国と現場では真逆になる場合があります。本国の指示は「戦うな」であっても現場の判断では「戦え」となり、またその反対のケースもあるのです。
そういうときに問題となるのが、将軍の私欲や焦りです。将軍が功を焦ったり、非難を恐れたりすると、どうしても判断に間違いが起こってしまいます。
《孫子・地形篇その三》
「地形は戦争の補助となる。敵の情勢を調べて勝利を制し、土地が険しいか易しいか、遠いか近いかを計るのが上級将軍のやり方だ。それらを知った上で戦えば必ず勝ち、それらを知らないまま戦えば必ず負ける。
そこで、戦争の道理として必ず勝てる場合は、(本国の)君主が戦うなと言っていても必ず戦っていい。戦争の道理として勝てない場合は、君主が必ず戦えと言っていても戦わなくていい。
そういうことから(命令に反して)進んでも勝利の名誉を求めず、(大敗を免れるために)退いても(命令違反の)罪を恐れない。ひたすら人民を保護し、君主の利益に合うならば(そういう将軍は)国の宝である。」
※原文のキーワード
戦争の補助…「兵之助」、敵の情勢を調べる…「料敵」、険しいか易しいか…「険阨」、上級将軍のやり方…「上将之道」、それらを知った上で…「知此」、戦争の道理…「戦道」、君主が戦うなと言っている…「主曰無戦」、必ず戦っていい…「必戦可」、名誉を求めず…「不求名」、罪を恐れない…「不避罪」、ひたすら人民を保護…「唯人是保」、君主の利益に合う…「利合於主」(続く)