孫子の観察力は、実に細やかです。「敵兵が杖を突いて立っている」のを見て、これは「食糧不足で飢えている」のだろうと察します。現代であれば、人が壁や手すりに寄り掛かりながら立っている姿に置き換えられます。それが訪問先の社員の姿なら、休憩も無く働かされているということかも知れません。
あるいは、我が社の営業マンが外回り中にそういう態度を取っていれば、過労状態の会社なのだろうと思われてしまう可能性があります。
それから「水汲みが真っ先に水を飲むのは、水不足で喉が渇いているからだ」と。軍に水不足が起これば、兵士らの命に関わる問題となります。水汲みに来た敵の兵士が、まず自分から水をごくごくと一気飲みしているのですから、これは飲料水の枯渇が始まっているなと察知出来るのです。
また「有利なことが分かっていながら進もうとしないのは、疲れ切っているからだ」という視点も興味深いです。相手にとって攻め易い状況となっているにも関わらず、なぜか出て来ない。そういうときは、疲れ切っていて進撃の勢いを出せないのだろうと読み取ります。
あるいは「敵陣の上に鳥が群がっているのは、既に人がいないからだ」と教えます。旗などを残し、まだ陣を張っているかのように見せかけていても、鳥たちまでは騙(だま)せません。敵が残していった残飯目当てに鳥が集まって来てしまうからです。
敵の心理状態も察知すべき対象となります。「夜に叫ぶ者がいるのは、恐がっているからだ」というのは、夜の静寂の中で故郷が恋しくなり、戦闘と死への恐怖を抑えきれなくなって、それを紛らわそうとして掛け声や叫び声を上げているのでしょう。
さらに「軍の秩序が乱れているのは、将軍に威厳が無いからだ」と。指導者の指示命令が一貫性に乏しく、あまりにも発言がぶれているようであれば威厳が無くなるのも当然です。そうして組織の統制が弛んでいきます。そもそも組織安定の根本は、トップの腹の据わり具合から来る指導力の強さにあるというわけです。
組織の心理状態は、物にも現れます。軍隊にとって旗や幟は戦意高揚の象徴であり、これも内部の動揺を反映します。「旗や幟(のぼり)がやたらに動くのは、軍の内部が乱れているから」とのこと。
そうして組織が混乱したり、戦闘が膠着状態に陥って倦怠感に覆われたりしますと、やがて実務担当者が平常心でいられなくなります。軍隊の中にも実務を受け持つ役人がおり、彼らは大変実直で職務に忠実です。それだけに規則にうるさく、決まりを守らない者たちに怒鳴ってばかりいるようになります。まさに「役人が怒ってばかりいるのは、軍が倦(う)み疲れているから」なのです。(続く)