相手の状況や心理状態を察知するためには、囚われの無い心で直観を働かせる必要があります。そして、受け止めた感覚の裏付けが必要となりますが、それがこうして述べてきた孫子が示す「事実を見抜くためのポイント」です。
行軍篇その五に出て来る「有利なことが分かっていながら進もうとしないのは、疲れ切っているからだ。旗や幟(のぼり)がやたらに動くのは、軍の内部が乱れているからだ」といった事柄も、まさにそのポイントです。
こうした観察ポイントは、いかなる場合にも「そうだ」と言い切れるものではないでしょう。しかし、直観的に感じたことを裏付ける視点として心得て置くべき事柄となります。先を読める人、直感力の強い人ほど、観察ポイントを多く持っているものです。
《孫子・行軍篇その五》
「敵兵が杖を突いて立っているのは、食糧不足で飢えているからだ。水汲みが真っ先に水を飲むのは、水不足で喉が渇いているからだ。有利なことが分かっていながら進もうとしないのは、疲れ切っているからだ。
敵陣の上に鳥が群がっているのは、既に人がいないからだ。夜に叫ぶ者がいるのは、恐がっているからだ。軍の秩序が乱れているのは、将軍に威厳がないからだ。旗や幟(のぼり)がやたらに動くのは、軍の内部が乱れているからだ。役人が怒ってばかりいるのは、軍が倦(う)み疲れているからだ。
馬を殺して肉を食べてしまうのは、軍の食糧が無くなったからだ。炊事道具を打ち壊してしまって幕舎に帰ろうとしないのは、窮地に陥って賊化した敵となっているからだ。
懇(ねんご)ろに合わせつつ徐(おもむろ)に兵士らに語らねばならないのは、皆の気持ちが離れているからだ。しばしば賞を与えるのは、指導者が窘窮(きんきゅう、詰まっていて苦しい様子)しているからだ。しばしば罰を与えるのは、指導者が困窮しているからだ。先に乱暴な態度を取りながら後で皆を畏れるのは、精力不足の極みに至っているからだ。
敵の使者が贈り物を手に挨拶にやって来るのは、休息を欲しているからだ。
敵がいきり立って攻めて来るので、こちらは迎え撃とうとするが、なかなか戦おうとしない。それでいて去ろうともしないときは、必ず慎重に観察しなければならない。」
※原文のキーワード
有利なことが分かっている…「見利」、進もうとしない…「不進」、疲れ切っている…「労」、鳥が群がっている…「鳥集」、人がいない…「虚」、軍の秩序が乱れている…「軍擾」、将軍に威厳がない…「将不重」、旗や幟(のぼり)がやたらに動く…「旌旗動」、役人が怒ってばかりいる…「吏怒」、炊事道具を打ち壊す…「懸?」、幕舎に帰ろうとしない…「不返其舎」、窮地に陥って賊化した敵…「窮寇」、懇ろに合わせつつ徐に兵士らに語る…「諄諄翕翕、徐与人言」、皆の気持ちが離れている…「失衆」、しばしば賞を与える…「数賞」、窘窮…「窘」、しばしば罰を与える…「数罰」、困窮…「困窮」、精力不足の極みに至っている…「不精之至」、敵の使者が贈り物を手に挨拶にやって来る…「来委謝」、敵がいきり立って攻めて来る…「兵怒」、こちらは迎え撃とうとする…「相迎」、なかなか戦おうとしない…「久而不合」、それでいて去ろうともしない…「又不相去」、必ず慎重に観察しなければならない…「必謹察之」
(続く)