その152 兵士の心情を理解した将軍のみが、勝利をもたらして国家と国民を守る!

では、補足を踏まえて、九地の復習をしましょう。

まず、諸侯がそれぞれ自国の地で戦う場合を意味する散地です。散地では、そもそも戦ってはならないというのが定石です。散地で戦うということは、既に敵に侵入されているということなのですから、勝ったところで被害が大きく負ければ大損します。この散地にあっては、散り散りにならぬよう士卒や人民の心を一体にするのが心得となります。

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その151 深く入れば戦いに専心出来るが、浅いままだと逃げ散ってしまう

戦い方は土地の性格に応じて練るべきであり、それを九つに分けて説明しているのが九地篇です。この九地に対して、孫子は補足を述べています。

《孫子・九地篇その六》
「敵国に攻め入ったときの道理として、深く入れば戦いに専(もっぱ)らとなるが、浅ければ逃げ散ることになる。

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その150 現場トップは孤独~静かで暗く、何を考えているのか分かり難い…

組織をまとめ、人を動かす指揮官の仕事は極めて大変です。真意を理解してくれる側近は限られており、現場トップはいつも孤独です。世間の的外れな非難にも耐えねばならず、心労は重なる一方です。

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その148 まるで一人の人間であるかのように、一丸となって動ける組織にするには…

軍隊を、まるで一人の人間であるかのように、一丸となって動ける組織にするには一体どうしたらいいのでしょうか。孫子は、それを蛇に譬えました。
「戦上手な者は、譬(たと)えれば率然(そつぜん)のようなものだ」と。

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その147 このままでは呉越同舟ではなく、呉越決戦へ向かうのみとなる?!

紀元前5世紀頃、呉と越は覇を競い合っていました。仇敵同士の呉と越が同盟関係となるなんて想像も出来ないことですが、孫子は状況によってはあり得ると述べました。もしも呉の人と越の人が同じ舟に乗っていて、途中で暴風雨に出遭えば、舟を沈めないために必ず協力し合うようになると。これが有名な「呉越同舟」の由来です。

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その146 部下たちは、注意しなくても用心し、要求しなくても力戦するようになる

孔子や老子、韓非子らは、いずれも人間通の思想家でした。喜怒哀楽に揺れ動く人間という存在を、的確に掴んでいる者を人間通と呼びます。孫子も人間通として、人間心理をよく捉えていたことが分かります。

人間は弱い存在であり、誰だって死にたくありません。人間心理として、死を恐がるのは当然のことです。しかし、乱世に生まれた以上、戦いを避けて通れないのが宿命であり、武人は死を恐れぬ勇猛さを求められました。

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その145 浅ければ心はドキドキ浮き立つ、もはや深く踏み込む以外に道は無い!

沢山の人があっけなく死に、都市が一気に破壊されてしまうのが戦争です。まさに戦争ほど悲惨なものは無く、人類の愚かさを示す悪習慣とも言えます。
だからこそ孫子は、戦わないで勝つ方法を唱えました。戦闘は仕方無くするものであると。

しかし、どうしても戦わなくてはならないときは、やはり勝たねばなりません。戦闘となれば、前線の兵士らが腹を括り、豪傑となって奮戦するしかありません。指揮する将軍の任務は、恐怖に駆られている兵士らに覚悟を据えさせ、もう戦う以外に進む道は無いという状況に導くところにあります。

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その144 いかにして腹を括らせ、覚悟を据えさせるか…

戦争は常に死と隣り合わせだから、兵隊は誰もが開戦を恐がります。将軍は、そういう兵士らに腹を括らせねばなりません。もう戦う以外に無いと覚悟を据えさせたときに、兵士たちは豪傑ともなって奮戦するようになるのです。

《孫子・九地篇その三》
「敵国に進入するときの方法だが、深く攻め入るほど味方は戦いに専念し、敵は抵抗出来なくなる。(食糧は)敵の沃野(よくや)から調達すれば全軍の食は足りる。休養に努めて(兵士を)疲労させず、氣を合わせて力を積ませよ。軍を動かす際は謀計をめぐらし、相手に測られないようにせよ。

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その143 最初に、一番強そうな奴を倒せ!

それから「ある者が質問」しました。「敵が整った大軍で、まさに攻めて来ようとしているときは、どのように対応すればいいのか」。これへの孫子の答は「まず敵の要(かなめ)を奪え。そうすれば、こちらに従うだろう」ということでした。

事前に相手に対する離間策を仕掛ける間も無いまま、逆に整った大軍となって攻めて来るときは、一体どうすればいいのかという問いです。孫子は明快に、「敵の要を奪う」ことに集中せよと回答しました。「敵の要」の原文は「その愛する所(其所愛)」で、要とは相手の最重要箇所のことです。

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