その155 孫子の兵法~始めは処女の如く、後は脱兎の如く…

「始めは処女の如く、後(のち)は脱兎の如く…」という、よく使われる言葉があります。最初の内は、まだ嫁入り前の実家にいる娘のように静かに振る舞っているが、そういう神妙さは最初の間だけ。状況が有利に転じたと見たら、一気に姿を変えて激しくなり、まるで脱走する兎のように勢い良く飛び跳ねて行ってしまうという意味です。

この言葉の通り、最初は大人しくすることで相手を油断させ、いざチャンスとなれば猛烈な勢いで攻めて行けというのが、孫子が教える勝利への道です。
従って、相手が静かにしているからといって安心していてはなりません。その裏で、着々と準備に勤しみ、虎視眈々とチャンスを狙っているということを知って置かねばならないのです。

《孫子・九地篇その七》
「戦争する上で大切な事は、敵の意志を審(つまび)らかにするところにある。
そうして、一体になって敵に向かい、千里の遠くで敵将を倒すのを、巧みに事を為す者というのだ。

軍政が挙げられ(号令が出され)る日には、関所を止め、通行証を廃棄し、使節の往来を無くし、朝廷・宗廟の堂上で厳粛に作戦を詰めよ。

もしも敵人が動揺していたら必ず速やかに侵入し、敵が大事にしている所を先にし、密かにそれを攻撃目標と定め、作戦計画によって敵の情勢に応じつつ、戦事を決しよう。

その際、始めは処女の如く(物静かに)すれば、敵人は(安心して)門戸を開くだろう。その後、脱兎の如く攻めれば、敵人は防ぐことが不可能となる。」

※原文のキーワード
戦争する上で大切な事…「為兵之事」、敵の意志を審らかにする…「順詳敵之意」、一体になって敵に向かう…「?敵一向」、千里の遠くで敵将を倒す…「千里将殺」、軍政が挙げられる日…「政挙之日」、関所を止め…「夷関」、通行証を廃棄…「折符」、使節の往来を無くす…「無通其使」、朝廷・宗廟の堂上…「廊廟之上」、厳粛に…「?」、作戦を詰めよ…「誅其事」、動揺…「開闔(かいこう)」、速やか…「亟(きょく)」、敵が大事にしている所…「其所愛」、密かにそれを攻撃目標と定め…「微与之期」、作戦計画によって敵の情勢に応じ…「践墨随敵」、敵人は防ぐことが不可能となる…「敵不及拒」九地篇その七も、言葉を補いつつ、もっと分かり易く訳してみます

「戦争における大切な心得に、敵の意志を明確に掴むということがある。その上で、味方は一体となって敵に向かい、千里の遠くであろうが着実に敵将を倒していってこそ、戦争巧者と呼ばれることになるのだ。

いよいよ開戦の号令が出される日には、関所を止め、通行証を廃棄し、人々の往来を無くせ。それは、こちらの機密情報を相手に漏らさないためと、敵から入って来る風評やデマによって国内を攪乱(かくらん)されないためだ。
そして、朝廷や宗廟(君主の先祖の霊廟)の堂上で厳粛に作戦を詰めていけ。

もしも敵の者どもが動揺し、攻め入る隙が生じていたら、迷うこと無く速やかに侵入し、敵が最も大事にしている要所を秘密裏に目標と定め、先制攻撃を仕掛けよ。また、作戦計画に従いつつも、柔軟に敵の情勢に応じながら、戦争の事況(事の状況)を勝利へ向かわせていこう。

その攻撃の際、始めは処女の如く物静かに接していけば、敵の者どもは安心しきって油断し、門戸を開くように油断するだろう。そうなってから、勢い良く逃げ出す兎のように攻め込めば、敵の者どもは、もう防ぐことなんて不可能となっているはずだ。」(続く)