九地篇その六について、言葉を補いつつ、さらに分かり易く訳してみます。周代の封建領主である諸侯は、下剋上が激しくなりつつある古代社会にあって、第一に自分の地位の安泰と領地の保全を図らねばなりませんでした。そこで孫子は、次のように指南します。
「敵対する諸侯の狙いや野心に強い関心を持ち、互いの謀(はかりごと)を知らなければ、先手を打って同盟関係を構築することが出来ない。また、戦場となる場所と、そこへの道筋に存在する山林、険しい土地、沼沢などの地形を知らなければ、軍隊を進めることが出来ない。土地に詳しい案内役を用いなければ、地の利を得ることが出来ない。散地・軽地・争地・交地・衢地(くち)・重地(ちょうち)・?地(ひち)・囲地・死地の九地の内、一つでも知らなければ、諸侯をとりまとめて天下の秩序を維持する「覇王の軍隊」にはなれない。
覇王の軍隊は強力で威厳があり、地の利を得て主導権を握っている。だから、相手が大国でも決して怯(ひる)んだりしない。もしも覇王の軍隊が大国を伐(う)ったなら、相手はいくら大軍であっても集合して戦うことが出来ない。
その威厳が敵に加えられたなら敵は恐れをなし、たとえ諸侯と同盟を結んでいても合流することが出来ない。
そうなれば覇王は、天下に繰り広げられる外交戦に卑屈になって加わらなくていいし、諸侯の誰もが欲しがっている「天下の権勢」を意地汚く手に入れなくていいのだ。ただひたすら、己の抱く謀計や計略を信じていけば、内から滲み出る威厳は自ずと敵に加わるだろう。そうなれば、敵城を攻め落とし、敵国を打ち破ることは容易(たやす)いのだ。
それから、覇王の軍隊には、成果を上げれば賞せられるという「信賞」が必要となる。その基準となるのが法だが、法というものは定着するほどマンネリ化し、ときに効力が薄れてしまう。そういうときこそ人心を高揚させるために、サプライズとなるような賞を施すことが有効だ。それが、法令に無いところの規定外の賞である。
その一方で、通常の政令に無い命令や禁令を掲げれば、それが刺激となって軍全体が引き締まっていく。そうすれば兵士らの心をしっかり掴めるようになり、全軍の大部隊を働かせるのに、まるで一人を働かせているかのようになるはずだ。
注意事項だが、兵士らを働かせるのに、具体性に欠ける指示を出し、抽象的な言葉で理由付けするのは最悪である。兵士らは勝手な解釈をし、軍隊全体が混乱状態に陥りかねない。もう一つ老婆心からの心得として、兵士らをしっかりと働かせるには、味方にとって有利な事柄を示すのが良い。バカ正直に不利な事柄を告げてしまって、すっかり不安に陥らせるのは自滅行為ともなるだろう。
戦場は殺し合いの場であり、恐怖心があって当たり前だ。要は、早く腹を括れたほうが勝利者となる。そこで、辛くとも将軍は、兵士らを滅亡の地に投じなければならない。そうして死地に陥って、やっと生き残り、生きのびていく。
兵士らは、厳しい状況に陥っていよいよ奮起し、はじめて勝敗を決せられるようになるのである。」
この文も、呉王闔閭(こうろ)に進言している内容となっています。強国の楚に怯むこと無く対抗するよう促しているのです。
なお「働かせる」の原文は「犯」です。犯には、打ち勝つ、凌(しの)ぐ、強行する、強く動かすといった意味があります。即ち、死地を恐れないで「働かせる」という決心を込めて犯の一字を使ったものと思われます。(続く)