「俺くらい何でも知っている人間はいないぞ」と自慢する。「私くらい優秀な人間はいないのよ」と偉ぶる。世間にはそういう人が沢山いますが、多くが子供っぽく、端から見てその稚心(ちしん)が分かり易いものです。
中には、優しくて謙虚そうに見えるものの、心の奥では自慢し偉ぶっているという人もいます。プライドが高い分、外面(そとづら)を良くすることで一層偉く見られようとしているのでしょう。
「俺くらい何でも知っている人間はいないぞ」と自慢する。「私くらい優秀な人間はいないのよ」と偉ぶる。世間にはそういう人が沢山いますが、多くが子供っぽく、端から見てその稚心(ちしん)が分かり易いものです。
中には、優しくて謙虚そうに見えるものの、心の奥では自慢し偉ぶっているという人もいます。プライドが高い分、外面(そとづら)を良くすることで一層偉く見られようとしているのでしょう。
とにかく黙っていられない。他人の領域までしゃしゃり出ては論評し、通ぶって自慢する。そういう輩がときどきいます。
「一つの芸道にたずさわる人」というのは、何かの分野に秀でている人のことです。既に一つの分野で活躍して実績を上げていますから、どこへ行っても注目を集めます。自信に満ちており、自分にとって専門外の分野でも喝采(かっさい)を浴びたくなって、つい次のようなことを口に出してしまいます。
何かの分野で活躍すると、世間の注目を浴びて目立つようになります。いろいろな場でちやほやされ出し、自分は普通の人間とは違う特別な人間なのだという、思い上がった気分が生じてきます。
やがて、それがいつものこととなれば、どんな場でも偉く見られ、誰からも大事に扱われて当然という傲慢な精神状態に至ります。実力を発揮して成果を出している者ほど、そういう感情を沸き立たせてしまいがちなものです。
では、会話について書かれている『徒然草』第百六十四段を読んでいきます。
《徒然草:第百六十四段》
「世の中の人が出会うとき、少しの間も黙っているということが無く、必ず何か話をしている。その内容を聞くと、多くは無駄話だ。世間のうわさ話、他人の批評などは、自分のためにも他人のためにも、失うことが多く得るものは少ない。
兎に角、会話はキャッチボールみたいなものです。良い球を投げ合ったら練習になるのに、乱暴に投げたらデッドボールの連発にもなりかねません。言葉のキャッチボールも全く同じです。
また、自分にとって気に入らない発言を受け入れないという「言葉のボール拒否」も困ります。頭ごなしに「それはあり得ない」だの「全然理解出来ない」だのと拒否反応を示されれば、こちらは閉口せざるを得ません。特に、常に誤情報や陰謀論に引っ掛かっては、それらを無批判に持論とし、異なる意見を受け入れないで批判し続けるような人に「言葉のボール拒否」が見られます。
人の言うことを聞かないカラオケ会話、言葉尻だけ掴まえて話題を自分のほうに持っていく尻取り会話。どちらも言い放しであり、対話を重ねての深まりというものがありません。
まあ、雑談ならそれで構わないのですが、仕事や活動における会議で、カラオケ会話や尻取り会話が当然のように起こっていたら相当問題です。そうならないためには、今日は何を議論するのかについて、予(あらかじ)め主題を決めておくべきです。
あるいは、カラオケ会話の亜種に「尻取り会話」というのがあります。これは言葉のキャッチボールが出来ているようでありながら、実のところ相手が語る内容の言葉尻だけを捉えて反応しているものです。相手の発言の一部だけ使って、自分の言いたい事や自慢話に持っていこうとする会話ですので、遣り取りに深まりというものが起こりません。
例えば、こんな遣り取りが尻取り会話です。
人が集まったときの会話に、無駄話が多いということを兼好法師は指摘しています。人間は言葉を使う動物であり、話が弾むのは悪いことではありませんが、あまりにも無駄話が多いのは如何なものかと。
「ことば」の語源説に「凝止葉」、つまり「凝り止まった思いが外に出たもの」とする解釈があります。人は誰でも、心の中に凝り止まった思いがあり、それを誰かに向かって喋り、どこかで聞いて貰うことで発散したいと願っているものです。
成長したければ、「恥ずかしがらないで人前に出よ」という教訓の続きです。
どんな分野であれ、名人や達人と呼ばれる人は、人並み外れた努力家です。自分に与えられた才能を見出し、繰り返しの修練によって、それに磨きを掛けます。いかなる天才も、並な努力では、せいぜい上手と称えられる程度で終わってしまうでしょう。
武道の稽古やスポーツの練習、歌やダンスのレッスンなどを行う際、最初の内は全然分からないのが当たり前です。「見る」のと「やる」のとでは、大違いであるということを実感します。兎に角初心者は、指導者の教えを素直に受けつつ、見様見真似(みようみまね)でやってみるしかありません。