其の六十二 絶え間ない雑談、その内容は無駄話ばかり…

では、会話について書かれている『徒然草』第百六十四段を読んでいきます。

《徒然草:第百六十四段》
「世の中の人が出会うとき、少しの間も黙っているということが無く、必ず何か話をしている。その内容を聞くと、多くは無駄話だ。世間のうわさ話、他人の批評などは、自分のためにも他人のためにも、失うことが多く得るものは少ない。

それらを語るとき、お互いの心に、その会話が無駄であるということを自覚しないでいるのだ。」

※原文のキーワード
出会う…「あひ会ふ」、少しの間…「しばらく」、黙っている…「黙止」、話をしている…「言葉あり」、無駄話…「無益(むやく)の談」、うわさ話…「浮説」、批評…「是非」

人々が出会うと、絶え間ない雑談が起こります。その語られる内容は無駄話ばかりで、いわゆるうわさ話や他人の悪口などが殆どです。

そのため、会話から何かを学ぶということは少なく、むしろ失うことのほうが多いと兼好法師は指摘します。そして、お互いそれが無駄話であるということを自覚していないと。

確かに、会話に意味が無いということを自覚していないからこそ、カラオケ会話や尻取り会話のまま、延々と喋る続けることになるわけです。

但し、雑談にも効用はあります。溜まっている不満や鬱憤を吐き出すことで、ストレス解消を促せます。その場合、下記の点が満たされますと、雑談は社会の潤滑油ともなります。

第一に、ストレスの溜まっている者同士で集まること。不満や鬱憤を持った人たちの発言は、攻撃的な悪口や否定的な意見に偏り易く、通常それを聞かされ続けたら辟易(へきえき)します。でも、ストレスが溜まっている者同士なら、悪口や批判自体が鬱憤を晴らす元ともなるでしょう。

第二に、原則として人の話は聞き流すこと。そもそも雑談なのだから、それぞれ自分の言いたい事を喋れたら良いはずです。いちいち根を詰めて聞いていたら疲れるだけですし、それが悪口や批判話であれば尚更心に留めておきたくありません。

兎に角、雑談の中に、他人の話をしっかり聞かなければいけないという真面目な人が入ると大変です。その場の中身の無い会話に付いていくのに疲れ切ってしまいます。

そういえば、患者さんの話をしっかり聞いてくれることで評判の高い医師がいました。どうやったら沢山の外来患者の訴えを聞き取れるのか、その心得を質問してみました。そうしたら「実はね、いちいち聞いていないんですよ」という返事でした。診断にとって重要なところだけ聞き、あとは聞き流しておくというのがコツなのだそうです。(続く)