何事も、強く願い、鮮明にイメージするところから成功が導かれます。成し遂げようとする事に対して、イメージを鮮明に描くこと。そして、希望を持ち、目的からブレないこと。そこに、成功するか、不成功で終わるかの分かれ目があります。沖正弘導師は、次のように述べました。
連載
其の百三 強く願い、鮮明にイメージするところから成功が導かれる…
思考によって、成功者ともなれば、没落者ともなります。そして、思考があらゆる「創造の元」になります。
「このように思考作用は創造の原動力であって、思考のないところに創造はあり得ない。また思考作用は宇宙の無限力と結びつく働きであると共に、内部の力を呼び起し方向づける働きでもある。古来偉人と呼ばれ成功者と言われる人たちは、よくこの思考は力なりという事実を知り、且つこの力を喚起し活用する方法を体得していた人たちである。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房89頁)
其の百二 考え方によって快不快の感じ方が生じ、感じ方が幸福を導く…
目に見える形の背後に、目に見えない働きや作用が、定め(律)として存在します。心身は一如であり、心と体も、その目に見えない働きや作用の現れです。そのことを、沖正弘導師は次のように説きます。
其の百一 勝敗や損得、巧拙を超えたところに、どう意識を置くか…
勝ちを焦り、儲けようと躍起(やっき)になり、巧くやろうとして慌(あわ)てると、無心からどんどん離れていきます。勝とうとするほど部分に囚われ、儲けようと思うほど相手(お客様)の気持ち(希望)から遠ざかり、巧くやろうと考えるほど表面を取り繕うことにもなります。
其の百 上手にやろうと思うほど、心は乱れ、重心が上がる。そういうときは…
人目を気にし、立派にやろう、上手にやろうと思うほど、心は乱れ、重心が上がり、思うような結果は得られず仕舞いとなります。それは、心の乱れが体に影響を与え、呼吸が乱れるからです。
其の九十九 舞踊の上手は、扇子を落としそうなくらい軽く持っている
鍛錬や稽古を重ね、上手くなればなるほど余分な力が抜けていく。そうして、手ばかりでなく丹田以外の力が抜けていくところに、諸道諸芸のコツがあります。
其の九十八 達人の呼吸は、吐く息にだけ力がはいっている!
達人の呼吸コントロール法とはいかなるものでしょうか。それについて沖正弘導師は、次のように述べています。
「達人の呼吸は、吐く息にだけ力がはいっている。吸い込む息は自然のままである。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房84頁)
其の九十七 心も身も、ゆったりとした自然体が大事…
余分な力が抜け、全身が丹田を中心に統一されている状態を「自然体」といいます。自然体であれば、押されたり引かれたりしたときに、すぐさまバタッと倒れ込むようなことがありません。中心軸を保った状態で真っ向から抵抗せず、相手の重心を上げながら交わすか、相手の力に逆らわないで受け流すからです。
其の九十六 時空や質量のバランスと調和が、正しさや美しさの根源となる…
正しさというものは、説明を受けただけで実行出来るものではなく、知っただけで表現出来るものでもない。知ったからには実践し、あれこれ工夫し、コツコツ続けていくうちに、いつの間にか身に付いていく。そうして、自然に無心に行えるようになるところに正しさというものがあるとのことです。
其の九十五 本質や本源に則りながら、物事を続けていくのが道
柔道、剣道、空手道、華道、香道、茶道など、日本の多くの稽古事に「道」が付きます。道とは何でしょうか。道を「みち」と訓読みすれば大和言葉となります。
大和言葉は一音一音(一音節=仮名一文字)に意味があり、「み」は身や実の「み」で物事の本質や本源を、「ち」は千(ち)や血(ち)、地(つち)の「ち」で継続するものを表します。即ち「みち」は、本質の継続を意味した大和言葉であり、本質や本源に則り、それに従いながら物事を続けていくのが道なのです。