やまとことば国学の師・河戸博詞先生に、同学の友つまり「朋友(ほうゆう)」がいた。それが三上照夫氏である。『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』という本によれば、三上氏は「天皇の国師」というべき人物で、昭和天皇の相談役を務めていたという。
同書の著者・宮崎貞行氏は、三上氏について次のように紹介している。
やまとことば国学の師・河戸博詞先生に、同学の友つまり「朋友(ほうゆう)」がいた。それが三上照夫氏である。『天皇の国師 賢者三上照夫と日本の使命』という本によれば、三上氏は「天皇の国師」というべき人物で、昭和天皇の相談役を務めていたという。
同書の著者・宮崎貞行氏は、三上氏について次のように紹介している。
こんにちは。今日は本暦(旧暦)八月一日(新月)、明日は秋分の日です。
【ご案内】五感と第六感を、医学・医療として学び合う…
「綜医學講座」(第6回)綜医學の「その基本療法」三
日時:9月28日(日)午後1時受付 1時半~4時半
大和言葉の師匠である河戸博詞先生は、国学者の家に生まれたと聞く。
先生は、国学ばかりでなく、漢学や西欧思想にも通じておられた。
学歴として、陸軍士官学校を首席で卒業されているから大変な秀才だ。
陸軍将校への指導が先生の任務であり、帝王学にも長けておられた。
こんばんは。本日は九州政経倶楽部で講義しました。
・世界は東西文明の交代期の、しかも最激変期に入っているということ、
・日本は、新しい社会秩序を起こすべきときに至っているということ、
・そして、地方に新しい技術やシステムを生かした、人間生活が進化する都市(ムラ)を建設する必要があるということ、
・その実現には、諸々の画期的政策を一斉に起こさねばならないということ、
・そのために、織田信長級の大構想者が出て来なければならないということ、
などについて、ぶっちぎりで90分間熱く語りました!
松下政経塾には、「アホでもかまへんから、林を採っておくように」という松下塾長の「鶴の一声」で入らせてもらった。政経分野の俊才揃いの中で、私は鍼灸の勉強しかやっていないのだから、塾長の一声がなければ合格は不可能だったろう。
入塾してしばらく経った頃、国学の師である河戸博詞先生が、わざわざ松下政経塾を来訪してくださった。河戸先生のお仕事の事務所は東京の新宿、本宅は神奈川県の二宮にあり、その中間の茅ヶ崎に松下政経塾があった。
こんにちは。今日9月9日は「重陽の節句」。とても縁起の良い日です!
◆日記(9月4日~8日)
・4日(木)昼間は2件の会議に出席。夜は政経倶楽部東京例会に参加し、井坂信彦塾士から「社会保障構想」について学ぶ。台風を避け夜間に浜松へ移動
・5日(金)&6日(土)浜松事務所でデスクワークと講義・講演の準備など
・7日(日)京都綜學院で超人観(サトリ)と霊魂観(ミタマ)を講義(5時間20分)
・8日(月)濱名惣社神明宮で神前朗読奉納と講演(詳細は下記評論・随筆に)
松下政経塾には第1期で入塾した。最初の塾生である以上、先に受験している先輩がいない。従って、いわゆる受験対策が分からない。何を勉強しておいたら、合格に向けて役に立つのか全く不明である。
そこで、ここは意識を深めておくしかあるまいと思い、自分の進むべき道を覚った場所である「釈迦の霊泉」に急遽行くことにした。上野から鈍行列車を乗り継いだため大幅に時間がかかり、夜になってやっと到着。
こんにちは。9月に入りました。早く涼しくなって欲しいですね。
◆日記(8月31日~9月3日)
・31日(日)蘇我氏の始祖を祭る宗我坐宗我都比古神社と、入鹿神社に参拝
・1日(月)浜松事務所の神棚部屋の清掃と御供物の交換
・2日(火)実家の両親を見舞う。仏壇に祭る曾祖父母・祖父母に般若心経
・3日(水)空手道本部道場で稽古。夜は経世志塾で「高徳国家の建設」講義
群馬県の山奥、月夜野町にある一件宿の温泉「釈迦の霊泉」。筆者はそこで開かれた、とても小さな合宿に参加し、それ以来、次々に大切な師を得た。
大和言葉の師である河戸博詞先生からは国学を学び、文明法則史学を大系化された村山節先生からは東西文明の壮大な交代を学び、陽明学の大家である安岡正篤先生からは東洋思想の神髄を学ぶことになったのだ。