No.52 為すべき事を為していれば、時間が解決してくれる

何事であれ、自然に剥がれるときが来るもの

老子は謙遜して語ります。この私に些か(いささか)なりとも明知(めいち)があるならば、無為自然の大道を行くのに、脇道に逸れてしまわないかどうかを心配するだろうと。明知とは、微妙なものを察知する働きのことです。それがれば、堂々と大道を進むことが出来ます。後はただ、つまらない脇道に入ってしまうことをのみ心配せよと言うのです。

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No.49 ものに動じない強靱な人生

目や舌のために生きているだけの人生

先に述べた通り、五感を司る目や耳、鼻や舌、皮膚(痛点・圧点・温点など)などの感覚器官は、本来身を守るために存在しています。この五感を正常に働かせる上で、大事な注意事項があります。

それは、五感に対して自分本体が主人でいるように、ということです。
ちょっと油断すると、いつの間にか主客入れ替わって、目や舌のために生きているだけの人生に陥ってしまいかねません。

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No.48 欲望に囚われなければ、微小なものを察知出来るようになる

根源の現象の関係を知りなさい◇

第五十二章は、三つの内容で成り立っています。第一に、根源(母)と現象(子)の関係を知りなさいということ。第二に、欲望の入り口(目・耳・鼻・口など)を閉ざしなさいということ。第三に、微妙を明察しなさいということです。

これらは、一つにつながっています。第一に言う根源を知るためには、第二の欲望に振り回されないということが必要であり、欲望を抑えられるようになれば、第三に言う微妙なものを明察出来るようになるというわけです。

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No.47 何かに命じられて働いているのではない

道は万物を生じ、徳が万物を育む

《老子・第五十一章》
「(天地自然の原理である)道は万物を生み、(道の)徳は万物を養い、物それぞれの形勢が成り立った。そういうことから、万物の中で道を尊び、徳を貴ばないものはない。

道が尊く、徳が貴いのは、何かが命じているわけではないのに、常に自ずから然りであるところにある。だから道は万物を生み、徳が万物を育て、そして生長、生育、安定、充実、養護、庇護していくのだ。

生み出しても我が物とせず、それらを働かせてももたれかからず、上に立っても支配しない。これらを奥深い徳という。」

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No.46 道とは何か、徳とは何か

儒家と道家では、道と徳の解釈が違う

ここで、中国思想の代表的なキーワードである、「道」と「徳」について述べておきましょう。老子に学ぶ上で、外すことの出来ない用語です。

道家(どうか、老子荘子などの学派)では、「道」を天地自然の原理と捉えています。大は宇宙から小は素粒子に到るまで、その物をそうさせている働きがあります。その内在する原理を、老子は道と呼びました。

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No.45 愚直に一つのことを貫けば、心身が統一され腹が据わっていく

相手にしつつも相手にしない

老子は、死地をすり抜けられる柔弱さの重要性を教えています。相手にしつつも相手にしないといった、しなやかな態度です。いちいち挑発に乗って、どうでもいい相手に絡まれているようではいけません。

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No.44 ぼんやりしないで、日頃から氣力を充実させておこう

腕に覚えがあると、却ってケンカになる

『老子』第五十章の続きです。「よく生を養う者は、陸を行って猛獣に会わず、戦場に入って甲冑や武器を身に付けない」とあります。そして「一角獣は、その角を突くところが無く、虎は、その爪をかけるところが無く、武器も、その刃を入れるところが無い。それは何故か。(その者が)死地にいないからである」と。

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