◇自分の心を渾沌とさせておく◇
「聖人の天下に対するやり方は、囚われることなく吸収し包容するのであり、天下のためには(自分の)心を渾沌(こんとん)とさせておく。万民は皆その耳目を(聖人に)注ぐ。聖人は皆それ(万民)を赤子にしてしまう」。これが、本章後半の内容です。
◇自分の心を渾沌とさせておく◇
「聖人の天下に対するやり方は、囚われることなく吸収し包容するのであり、天下のためには(自分の)心を渾沌(こんとん)とさせておく。万民は皆その耳目を(聖人に)注ぐ。聖人は皆それ(万民)を赤子にしてしまう」。これが、本章後半の内容です。
◇言語も、多様性に大きく貢献◇
地球は、数え切れないくらい多くの動植物で満たされています。人類も、多くの人種や民族が存在しています。その多様性によって、地球生命体の全体としての適応力や、生存能力が高められてきたのです。
言語も、多様性に大きく貢献しています。地球上には、約6千のもの言語が存在しています。言語が多様であるからこそ、それぞれの気候風土に適応して住んでいる各民族の、生存能力が保持されてきました(ただし2週間に一個のペースで言語が消滅しています)。
◇「善」や「正義」の意味とは◇
ところで、善悪の「善」、正義の「正」や「義」には、漢字の語源としてどんな意味があるのでしょうか。
「善」は「羊」と「言言」の合字です。「羊」が付く漢字には、善いとか美しいといった意味があります。「羊」はその性格が温順で、善く群がり整って進んで行くからです。
◇日本全体、世界全体にとってどうなのか◇
適位置・適量・適時のモノサシを掴んで頂けたなら、続いて手に入れて頂きたい尺度があります。それは、空間的・時間的な観方を、さらに拡げることで獲得できる価値基準です。
空間においては、より上位の尺度を持つことによって、日本全体を捉えたり、世界全体を意識したりしましょう。自分一個の損得に終わることなく地域社会の発展を、地域社会の都合だけに留まることなく国家国民の正義を、国家国民の利益のみで満足することなく世界人類の平和と繁栄をというように、さらに大きいところに立つことによって、何が正しいのかを見極めていくのです。
◇空間的には、適位置と適量を見よ◇
善悪というものは、大局的に全体を観なければ判断出来ない。全体観には、空間的な観方と時間的な観方がある、というところまで述べました。
空間的な観方では何が大事かと言いますと、一つは適位置です。部品であれば、それが相応しい場所に当てはまっているかどうかです。自動車のステアリングにはステアリングのあるべき位置、タイヤにはタイヤの正しい場所というものがあります。それが適切であれば、善ということになるでしょう。
◇宇宙の進化に叶うことであれば善◇
第四十九章で善・不善という言葉が出てきましたが、そもそも何が善で、何が正しいのか。この根本的な命題を考える機会は、案外ありそうでないものです。それについて筆者の考えを述べておきましょう。
◇林のおやっさんだけは普通に接してくれた◇
「清濁併せ呑む」という言葉があります。人間関係ならば、真面目な人から過去に問題を起こした人まで何でもござれ。善も悪も、純粋なものも不純なものも、どちらも併せて一緒に飲み込んでしまうという、懐の大きさを表した言葉です。
◇谷の器とは何か◇
リーダーの役割は、取り組んでいる事業を何のため・誰のために行うのかという、理念や目的を明らかにするところにあります。その上で、到達すべき目標を示し、目標達成のための行程を整え、手段・方法に知恵を絞っていきます。
◇指導者は無心であれ◇
昭和天皇は、大の相撲ファンでした。あるとき、マスコミの代表から好きな力士の名前を問われましたが、陛下はそれを明かされませんでした。名前を言うと、その力士ばかりが新聞に載り、他の力士が可哀想になるから言えないとお答えになったのです。無私の心をお持ちであった、昭和天皇らしいエピソードです。
◇「わたし頑張ってます顔」に要注意◇
よく観察しないと、重心が上がり焦ってばかりいる人のことを、「力を尽くして活躍している人なんだ」と勘違いしてしまいます。眉間に皺(しわ)を寄せた「わたし頑張ってます顔」に注意せねばなりません。
むしろ、ぼんやりした顔でいながら、実際は常に先手で準備をし、為すべきタイミングを外さない人のほうに本物がいるものです。そういう人は、為すべきタイミング(適時)ばかりでなく、相応しい位置(適位置)や適度な量(適量)をよく知っています。