◇腕に覚えがあると、却ってケンカになる◇
『老子』第五十章の続きです。「よく生を養う者は、陸を行って猛獣に会わず、戦場に入って甲冑や武器を身に付けない」とあります。そして「一角獣は、その角を突くところが無く、虎は、その爪をかけるところが無く、武器も、その刃を入れるところが無い。それは何故か。(その者が)死地にいないからである」と。
◇腕に覚えがあると、却ってケンカになる◇
『老子』第五十章の続きです。「よく生を養う者は、陸を行って猛獣に会わず、戦場に入って甲冑や武器を身に付けない」とあります。そして「一角獣は、その角を突くところが無く、虎は、その爪をかけるところが無く、武器も、その刃を入れるところが無い。それは何故か。(その者が)死地にいないからである」と。
◇過労を避け、無理せずよく休むことが必要◇
生地から死地への移動ばかりでなく、反対に死地から生地への移動もあります。そのままでは死地に向かうはずの者が生地に留まったり、既に死地に入っている者が生地に復活したりするケースです。
◇何とかして仲間を助けたいと考え、冷静に手を打っていく◇
五感と第六感は、生命を守るセンサーであり、これらによって死の入り込む余地の無い境地に到るということを述べました。センサーの働きによって、知らず知らずの内に生地から死地に移ってしまうことを、未然に防げるわけです。
◇達人は殺気を感じて身を守った◇
五感とは、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚のことです。大和言葉では「ミル」、「キク」、「カグ」、「アヂハフ」、「サハル」と言います。
それぞれに意味があり、ミルは、マナコ(目)で変化を捉えて物の本体を明らかにすること。キクは、ミミ(耳)で強く受け入れること。カグは、ハナ(鼻)で(目に見えない)はっきりしないものを感得すること。アヂハフは、シタ(舌)の上で(味を)持続的に開き広げること。サハルは、テ(手)を繊細に動かして触れることです。
◇生地にいる人、死地にいる人、生地から死地に移動する人◇
「生を出て死に入ることがある」というのは、生きていくことが可能な状態を離れて、死んでいく状態に移行することがあるという意味です。前者の生命力に満ちた場を「生地(せいち)」、後者の死滅へと向かう場を「死地(しち)」と言います。
◇売りたい・売りたいと思うほど売れないのはなぜか◇
売りたい・売りたいと思っている内は、なかなか売れないものです。昔、岡山駅前のデパートで紳士服売場を覗いたときのことです。ある店の女性店員さんが、とても熱心にジャケットを勧めてくれました。
◇自分の心を渾沌とさせておく◇
「聖人の天下に対するやり方は、囚われることなく吸収し包容するのであり、天下のためには(自分の)心を渾沌(こんとん)とさせておく。万民は皆その耳目を(聖人に)注ぐ。聖人は皆それ(万民)を赤子にしてしまう」。これが、本章後半の内容です。
◇言語も、多様性に大きく貢献◇
地球は、数え切れないくらい多くの動植物で満たされています。人類も、多くの人種や民族が存在しています。その多様性によって、地球生命体の全体としての適応力や、生存能力が高められてきたのです。
言語も、多様性に大きく貢献しています。地球上には、約6千のもの言語が存在しています。言語が多様であるからこそ、それぞれの気候風土に適応して住んでいる各民族の、生存能力が保持されてきました(ただし2週間に一個のペースで言語が消滅しています)。
◇「善」や「正義」の意味とは◇
ところで、善悪の「善」、正義の「正」や「義」には、漢字の語源としてどんな意味があるのでしょうか。
「善」は「羊」と「言言」の合字です。「羊」が付く漢字には、善いとか美しいといった意味があります。「羊」はその性格が温順で、善く群がり整って進んで行くからです。