No.90 人と地球環境が共生する文明を創造しよう

人は、何が正しいかについて迷うもの

人は、何が正しいかについて迷います。正しいと思ってしたことが裏目に出たり、考えとは裏腹なことが起こったりするからです。老子は、そういう人間の苦悩を見透かしていました。「人間が迷うようになった日からまことに久しい」と。

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No.89 必ず日本が世界で一番“強い国”になる

一本道を貫くのが正義

「正」という漢字は、一つに止(とど)まると書きます。大切な一を守って、そこに止まるという意味です。また、別の解釈によれば正は丁+止であり、丁はテイ(→セイ)という読み(発音)を、止は足を表すとのこと。こちらの場合は、真っ直ぐ歩くという意味になります。いずれにしても、信念を守って二心(ふたごころ)を抱いたりせず、一つの道を堂々と進む様子を示したのが正の漢字です。

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No.88 連続性の高い国は、人を幸せにする国

登場する神々の名は全て大和言葉

バランスを取るには時間や空間を考慮することが大切で、場・質・量・時などが合っているかどうかを考えよということの続きです。時においては、過去を生かし、未来を創造するものであるかどうかという点が重要です。

先人が大切にしてきたものを、どれだけ受け継いでいるか。伝統精神や伝統文化を継承する母体である「文化生態系」が、しっかりしているほど過去(マヘ)と現代(イマ)のバランスが高まります。従って、正しい国柄ということになります。神話が否定され、伝統が損なわれ、基底文化が薄くなった状態が、国として正しい姿であるとは到底思えません。

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No.87 見える人には、ちゃんと将来が見えている

場・質・量・時などが合っているかどうか

また、バランスを取るには、時間や空間を考慮することも大切です。
場・質・量・時などが合っているかどうかです。

場であれば、そこに相応しい態度や言葉というものがあります。
儀礼を重んじる場なのか、くだけた雰囲気のほうが似合う場なのかによって、参加者は服装や言葉遣いを選びます。部屋に飾る花や絵、掛け軸もそうです。季節の変化や陰陽の調和を考慮しつつ、空間全体に命を吹き込む飾り方や生け方が、自ずとあるのです。

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No.86 素敵な美人だと思ったらがっかり、どうして?

美しさはバランスの中にある

さて、多様なものが連係化し、さらに一体化へ進みますと、そこにバランスの取れた美しさが生まれます。自然であれば、空と海、山と谷、森林と湖沼、大地と河川などが形成する美しさ。それが見事であるほど、一段と陰陽の調和が取れております。

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No.85 一人ひとりに個性や天性がある

いろいろなものに満たされることが進化

正しさとは何なのか。それを考察する上での対象として、大きいところから言えば宇宙を外すわけにはまいりません。宇宙進化に適っているかどうか。それが、正しさの第一の基準になるということです。大宇宙は絶えず動いており、生成発展しています。活動によって進化するほど、宇宙は多様化・連係化・一体化していまいります。

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No.84 正しいものとは何か

人為の多くは部分観に陥っている

老子は、表面的な「人為」を大変嫌いました。人為とは「人が為すこと」で、人間にとっての便利さや、自分の都合を優先する行為がそれに含まれます。その多くは部分観に陥っており、人間にとっては楽だが自然環境を酷く損なうとか、自分中心過ぎて周囲に迷惑が及ぶといった現象が起きます。

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No.83 福を招き、幸を掴んでいく高徳人生

禍の隣に福がおり、福の脇に禍が隠れている

続いて老子は「禍には福が寄り添っており、福には禍が潜んでいる」と語ります。禍(わざわい)と福は常に隣り合わせで、禍の中に福があり、福の中にも禍があるというのです。確かに、他人から見たら禍に見えても、当人にとっては幸せということがあるでしょうし、端から見れば福に見える生活なのに、実際は問題が多くて不幸せということもあります。

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No.82 悪は叩くだけでいいのか?

町明察に取り締まるだけでは、別の問題が起こってしまう

「悶悶」としてしまう政治の例として、暴力団対策があります。ただ明察に取り締まるだけでは、別の問題が起こってしまうようです。恐ろしい悪事を働く暴力団を放っておいていいはずがありませんし、取り締まらねばならないのは当然なのですが、単純に団体を壊滅させれば済むというものでもないとのこと。

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No.81 明快な政治よりも、悶え苦しむ政治のほうがいい…

政治には、温かさや湿り気が必要

政治は公明正大で、是は是、非は非というふうに、竹を割ったように分かり易いのがいい。そう思うのは当たり前です。ところが老子は、一般的な常識に逆らった見解を出してきます。テキパキ課題を処理していく「察察」とした明快な政治よりも、「悶悶」たる政治、則ち悶(もだ)え苦しむほどの政治のほうが好ましい。そのほうが人々は「淳淳」としていられると。

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