◇「大きな怨みは、和解させても必ず怨みが残る」◇
《老子・第七十九章》
「大きな怨みは、和解させても必ず怨みが残る。
それでは、どうして善処と言えようか。
◇松下政経塾には、通常の組織からはみ出した豪傑が集まっている!?◇
若い頃の筆者は、目上の人に対して臆することなく、はっきりものを言う人間でした。一期生で入塾した松下政経塾でも、年上の職員の皆さんを前に、率直に意見した記憶があります。
◇心配することに生き甲斐を感じられるかどうか◇
心配を背負うのは、社長ばかりでなく幹部も同じです。
松下翁は「一つの会社の中では社長が一番心配が多くなければならない。そこにまた社長の生き甲斐がある。それと同じように、百人の人がいる部であれば、その百人の中では一番心配が多いのが部長である。また十人の課であれば十人の中で課長が一番心配が多いということでなくてはならないだろう」(同26ページ)と言われました。
◇心配するのは楽しいことではない◇
「心配は重要な社内情報」だと述べましたが、心配は辛いことですから、これを積極的に好む人はいません。松下幸之助翁も心配を喜んでいたわけではなく、「楽しいことではない」とはっきり言われていました。
◇「何で早くそれを言わんのだ」◇
恥辱や不幸の他、人の嫌がることに心配事があります。経営者なら、何でも溶かし込んでしまう水のように、どんな心配事をも受け入れてしまわねばなりません。それが社長の役割であるということを、松下幸之助翁の教えとして先にも触れましたが、もう少し詳しく紹介しておきましょう。
◇打つべき手を先駆けて実行する者の宿命◇
勝海舟が成し遂げた江戸城の無血開城。これは長く続いた幕府を終わらせることですから、徳川政権にとっては最高の「恥辱」であり「不幸」な出来事でした。
高杉晋作が描いた長州藩の門戸解放。実現すれば、西洋人に藩領を荒らされかねませんから、鎖国を守りたい攘夷主義者にしてみれば、この上ない「恥辱」であり「不幸」な方策でした。
◇欧米の覇道政治から、東洋の王道政治へ◇
続いて老子は述べます。「弱が強に勝ち、柔が強に勝つ(という原理)は、天下で知らない者はない。だが能く行う者もない」と。水の譬えのように柔弱が剛強に勝つということは、原理として知らない者はいないのに、これを生かせる人はなかなか見当たらないと言うのです。
◇天の道に反する状態◇
弓の高いところと低いところについて、高いところはその中央部、低いところは両端であると説明しました。別の解釈として、高いところは弓の上端、低いところは下端という説もあります。弦を張るとき、上端は縮め、下端は引き上げるからです。どちらの解釈も、言わんとすることは同じです。