その70 平和な時代における、武士の生き方とは何なのか?

武士道を述べる上で、忘れてならない一書があります。江戸時代中期に書かれた『葉隠(はがくれ)』という武士道書がそれで、鍋島藩(佐賀)の藩士であった山本常朝(つねとも)が語った言葉を、同藩の田代陣基(つらもと)が筆記したものです。その中に、武士の覚悟と生き様から、日常の注意事項、世間を渡る上での心得に至るまで、幅広い内容がまとめられています。

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その69 赤穂義士が実践し、吉田松陰に受け継がれた山鹿兵法

山鹿素行の思想の精髄は、日本学であると共に、武士の役割としての「治国平天下の道」を説く武士道政治哲学でした。まさに武士の生き様を教える、江戸時代の帝王学だったのです。

治国平天下に関する山鹿素行の教えをご紹介します。佐佐木杜太郎著『現代人の山鹿兵法』久保書店所収の文を元に、林が現代語訳しています。

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その68 知に深く、情に厚く、意に強い綜學の人

朱子学への批判は、幕府の御用学問への攻撃であり、それはご政道に対する抗議に他なりません。幕府から何らかの処罰を受けることは必定で、師の身の安全を心配した弟子たちは『聖教要録』の出版を止めようとします。

しかし、師の山鹿素行は本氣でした。学者として命懸けだったのです。「真理は懐にしまっておくものではない。聖人の教えの原点に戻り、これを天下に広め、後生の志士たちに期待するところに私の志があるのだ」と決意を告げました。

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その67 学者の良心に則って、御用学問の誤りを正す!

そこで素行は、幕府の御用学問である朱子学を専ら教えることにしました。朱子学を大成させたのは、チャイナ南宋の学者であった朱子です。朱子は、よく学んで物事の理を窮(きわ)めることと、雑念を払って身の振る舞いを厳粛にすることを教えました。前者は「窮理」、後者は「居敬」と言います。

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その66 武士道の大成者と言われる山鹿素行は、まさに綜學の先達

武士道の大成者と言われる山鹿素行は、まさに綜學の先達です。21歳で兵学師範となるものの、素行にとって技術論的な兵学は一つの余技に過ぎません。素行は哲学思想を幅広く学び、その学問は神道・国学・国文学・儒学・老荘・禅仏など多方面に及びました。

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その65 後の時代になるほど、学者たちが小賢しく分類して分かり難くなる

本性(性)が発動して「意」になり、「意」が具体化して「情」が現れます。そして、これら性と意と情が合わさって「人の心」になるということを述べました。この説明で頭の中がスッキリ整理された人もいるでしょうが、何だか理屈っぽくて分かり難いと感じた人も多いことでしょう。

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その64 現代人には「意」と「情」が足りない

公と私、日常と非日常、刀と自分、生と死、これらを結ぶのが武士道だと言われたときに、読者の皆さんは一体どう感じるでしょうか。「なるほど、そうあるべきだ」と腑に落ちる人、「現代人の常識からすると理解し難い」と首をかしげる人、「そういう生き方がしたいものの、自分はそこまでは出来ない」と思う人など、いろいろな反応があって当然です。

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その63 4つの事を繋いでいたサムライの生き方

◆武士道と覚悟の人生◆

これまで綜學の知・情・意3本柱のうち、「知の文明法則史学」と「情の大和言葉」について解説しました。今度は「意の東洋思想」に移ります。東洋思想には、中国思想や仏教思想、日本思想などがありますが、ここでは武士道をもとにした日本思想を述べてまいります。

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その62 大和言葉こそ、日本思想を解くカギ

そもそも言葉は思想に他なりません。ある見方や感じ方、考え方や行い方があり、それを表現するために言葉が形成されます。固有の言葉は、それを話す民族・国民にとって大切な思想そのものと言えます。即ち、ある言葉が存在するということは、その言葉によって伝えたい思想があるということです。

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その61 日本語は、言葉そのものが神様なり!

まさに超古代の日本人にとって、一音一音が「感性の表現」でした。素直な驚きや感動の表現でもありました。

例えば、か音は、陰・風・霞む・空(から)など、奥深くてはっきりしないものを表します。し音は、滴(したた)る・雫(しづく)・潮(しほ)・清水・シーシーなど、水(みづ)とその流れを表します。す音は、透く・進む・鋭いなど、先鋭や突出した状態を表します。ひ音は、日・火・光るなど、エネルギーとそれが秀でる(日出でる)様子を表します。

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