その110 既成仏教に失望!なんと最澄は“仏教界での出世”を捨ててしまう!

空海と共に唐に渡った、もう一人の有名な僧が最澄(767~822、神護景雲元年~弘仁13年)でした。最澄は、その名の通り最も澄んだ理知的な思想家です。大変真面目な性格を持ち、自分を誇張させて見せようとするようなタイプではありませんでした。

最澄が開いた日本天台宗には綜學的な幅広さがあり、最澄もまた綜學の先達と見ることが出来ます。天台宗というのは、智?(ちぎ)という僧が、西暦6世紀のチャイナで大成させた仏教の一派です。天台宗の中心的経典は法華経で、一切衆生(全ての命あるもの)に仏性があり、成仏(仏と成って救われること)の可能性があることを教えています。

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その109 空海の生まれ変わりが出現すべきとき!

それにしても、唐に学んだ空海は、なぜ日本に帰ってきたのでしょうか。いくら高僧の恵果から密教の全てを受け取ったとしても、そこからの活躍は唐に在ってこそ果たされると考えるのが自然です。元々20年の留学期間が認められていたのですから、誰に遠慮することなく長安を拠点に活動出来たはずです。

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その108 大宇宙と自分を結び、生命と人間を大肯定する知行合一の教え

もう一度、顕教と密教について述べておきます。顕教は人間仏陀が教えた“普通の仏教”のことです。それに対して密教は、顕教の背後にある根源仏が示す教えです。根源仏とは、大宇宙の根本原理である大日如来のことであり、根源仏から直接示される教えが密教です。

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その107 全ては一つにまとまり、一つの中に全てが生かされている

仏性は「宇宙と結ばれた個々の本性」です。全ての存在に仏性が宿されており、誰でも「目覚めた人」になれるということを悟る段階が第八住心でした。続く「第九住心」では、その仏性の大本を「統一」というカギによって究明していきます。

統一は「一つに統(す)べる」、つまり一つにまとめるということです。一つにまとまれば、それが全体となります。大和言葉では、全体を「全て(すべて)」と言います。

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その106 インテリに、ヤル気や情熱に乏しい人が多いのはなぜか?

第七住心は、物事を区別したり差別したりする表観的な「囚われの心」を超え、生ずることも滅することも無い「空の世界」を覚る段階でした。でも、それが行き過ぎると、「空の思想」は虚無主義を導いてしまいます。

ところで、インテリ(インテリゲンチャの略、知識人・知識階層)にヤル気や情熱に乏しい虚無主義の人が多いように思います。勉強熱心で知識豊富なインテリに、人生を虚しく感じる傾向が生ずるのはなぜでしょうか?

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その105 自分だけ幸せになっても仕方ない、ということに気付けるかどうか

自分だけが救われる小さな乗り物、それを「小乗」と言います。自分一人ではなく、仲間と一緒に救われていく大きな乗り物、それが「大乗」です。釈尊の説いた慈悲の心を実践するためには、当然のことながら大乗に立たなければなりません。その大乗精神への入り口が「第六住心」です。

第六住心は、人の役に立ち、世の中を変えようという、利他の慈悲心を起こす段階です。この次元に入れば、自分の心を広げ、あらゆる命あるものに対して愛情(一切の衆生への愛)を持てるようになります。

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その104 ああ自分は、なんて自己中心的で小さかったのだろう…

空海の説いた十段階の「心の進化プロセス」、それが「十住心論」です。「住心」は心の住むところであり、その第三住心まで解説しました。

第一住心は、道徳心や宗教心が乏しく、欲望に従ってのみ生きている動物的段階。第二住心は、道徳心は起こってきたが、人から立派に見られたいという表観が強く、子供じみた自己顕示欲に覆われた段階。第三住心は、宗教心に目覚めてきたものの、神様が守ってくれるから安心といった程度の、幼児的な安心感の段階、ということでした。この第三住心までが、世間的な人間心の段階です。

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その103 心の進化、その十段階のプロセスが凄い!

空海の思想を集大成させた著書が『秘密曼荼羅十住心論』です。『秘蔵宝鑰』は、それを要約した本です。

『秘密曼荼羅十住心論』、略して『十住心論』には、空海による独創的綜合思想がよく示されています。「住心」は心の住むところであり、段階を経て向上していきます。

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その102 密教の全てを学んだ空海は、日本への帰国を希望。そこにも運が働く!

後継者がおらず、憂いを抱えていた恵果の元に現れたのが、日本からやって来た空海でした。恵果は言いました。

「私は先頃から、あなたが長安に来ているのを知っており、ずっと心待ちしておりました。今日、こうして会えることが出来てとても嬉しいです。間もなく私の寿命は尽きようとしていますが、本義を受け継いでくれる相手がおりません。さあ、直ちに灌頂をお受けなさい」。

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その101 空海の乗った第一船と、最澄の乗った第二船のみが大陸に到着

空海にとって18歳から31歳までが、志の探究と修行の期間でした。そして、31歳か36歳までが、密教の奥義を修める時期となります。

東大寺戒壇院で受戒(具足戒)して出家し、遣唐使船に乗り込む用意を調えた空海は、数え年31歳の5月12日、遣唐大使の乗った第一船に搭乗して難波(大阪)を出港します。瀬戸内海を通って九州肥前国田ノ浦に到り、そこから大陸へ向かうのですが、途中で暴風に遭い、4隻の船団中2隻は到着出来ませんでした。

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