戦いの場所と戦いの日をこちらで決められれば、戦争の主導権を握れるということでしたが、一体どのようにして場と時を定めればいいのでしょうか。
それについて孫子は、次の四つを知れと教えます。戦局における敵味方の優劣、敵の出方や動き具合、地形上の不利な場所と有利な場所、敵陣の充実したところと虚弱なところ。これらを予(あらかじ)め知っておけば、主導権を握れることになると言うのです。
戦いの場所と戦いの日をこちらで決められれば、戦争の主導権を握れるということでしたが、一体どのようにして場と時を定めればいいのでしょうか。
それについて孫子は、次の四つを知れと教えます。戦局における敵味方の優劣、敵の出方や動き具合、地形上の不利な場所と有利な場所、敵陣の充実したところと虚弱なところ。これらを予(あらかじ)め知っておけば、主導権を握れることになると言うのです。
では、この『孫子』虚実篇その五を、もう一段分かり易い言葉で訳してみます。
「戦う場所と戦いの日は、こちらが決め、敵に知らせてはならない。そうすれば戦いの主導権を握って、遠く離れた場所で戦うことも出来るようになる。
敵を十に分散させ、味方は一つに集中する。敵が「虚」、味方が「実」となれば、常に圧倒する勢力で敵を倒すことが可能となる。そういう状況をつくるには、戦いの場所を知られないことが肝腎だ、というところまで述べました。
さらにもう一つ、「戦いの日」を、こちらだけが知っているということが重要です。戦う場所と戦いの日、これらを相手に決められてしまうのではなく、こちらが決めていくのです。それを「主導権を握る」と言います。
こちらから相手がよく見えるが、相手からはこちらが見えない。孫子は、その様子を「敵を形(けい)せしめ、こちらは形が無い」と表現しました。敵は「形」があるが、こちらには「形」が無いと。
形はハッキリした態勢、つまり固定化された状況のことです。敵軍は形に填(はま)っているので動きがよく見えますが、自軍には形が無いので固定化されておらず掴み所がありません。
本篇は「虚実篇」といい、「虚」は空虚、「実」は充実を意味します。戦いに勝つためには、敵を空虚にし、味方を充実させる必要があります。充実した軍が空虚な軍を攻めれば、勝利は間違い無しとなるでしょう。
では、どうしたら敵が虚、味方が実という状況をつくれるのでしょうか。平凡な答は、味方の兵力をどんどん増やせばいいというものですが、限られた国庫の中で軍事力に使える費用には、自ずと限りがあります。それに、敵だって真剣になって戦いに備えていますから、虚実の状態を明確につくることは簡単ではありません。
漢方医学では、必ず患者の「虚実(きょじつ)」を診ます。体力が弱り氣が不足している状態が「虚」、体力はあるものの邪氣が溜まっている状態が「実」です。
体力低下による呼吸器疾患や過労衰弱による胃腸病などは前者、体力旺盛だが肥満気味で高血圧・糖尿病などの病状が表れている場合は後者となります。
「エイッ!」と打ち込んだ拳を、サッと引きながら後ろへ下がる。一瞬の隙を捉えて勢い良く打ち込んだら、素早く下がりながら引き手を取るというのが、(全日本空手道連盟など伝統系)空手道が教える突きの要領です。その際、もう一方の腕は防御のために前にかざします。
突きやパンチというものは、ドスン、ドスンという、いかにも重そうな打ち方では、相手をノックアウトする威力は起こりません。そうではなく、余分な力は抜いたまま、素早くシュッと打つときに一撃で相手を倒す力が生まれるのです。
さて、兵法は固定された方法でも、枠にはまった技術でもありません。あらゆる戦いは、その場・その時に、そこにいる人たちによって起こされる一回限りの活動です。毎回が初回なのですから、そもそも固定させたり枠にはめたり出来るものではないのです。
但し、似ている状況やパターンというものはあります。二度と同じ戦争は発生しないものの、近似した情勢は起こり得るわけで、そこから勝敗の条件を抽出し、一定の対応法(戦法)を導き出して体系化したのが兵法なのです。
目的の無い戦いなどというものは基本的に有り得ません。戦いには必ず敵方(てきがた)の意図や狙いがあるのですから、それを相手の立場に立って考察してみましょう。そうして「敵が必ずやって来る」であろうところを事前に予測し、十二分な準備を整えてから迎え撃てば、罠(わな)にはまった獲物のように敵を捕らえることが可能となります。
いつも敵を過大評価し、恐れおののくばかりではいけません。脳天気に高(たか)を括って油断し、敵を侮ってばかりいてもダメです。
必要なのは正しい情報と、相手の出方を読み取る冷静な判断力です。敵の狙いはどこにあり、一体何が欲しいのか。その意図は、失いたくない面子(めんつ)とは、といった事柄について全体を観ながら考察するのです。