砂糖を食べたことがないため、「甘さ」というものを知らないという人に、どう説明したら甘さを分かってもらえるでしょうか。「砂糖は食べるととても美味しく、とろけるような心地良さがある。甘味(あまみ)とはそういうものなり」などと説明してみたところで、砂糖を食べたことのない人に「甘さ」の本質を理解させるのは極めて困難でしょう。それと同様に、武道や稽古事など諸芸・諸能において、そのコツや神髄を説明のみで理解してもらうことは不可能に近いと言えます(この砂糖の例えは、松下幸之助翁の話の中にありました)。
そのことについて沖正弘導師は、「語れそうで語れないもの、また人から聞いてもわからないもの、奥義は自らの体験をつみかさねた結果、自然に会得することができる真実なのである」と述べています。(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房64頁)
砂糖を知らない人に砂糖の甘さは語れませんし、砂糖を知らないまま他人からその甘さについて教えてもらおうとしても困難を極めます。諸芸・諸能の奥義や極意も、自ら取り組む稽古や修練の積み重ねによってしか会得することは出来ないのです。
かつて松下政経塾では、一年目に工場実習と販売店実習を、社会体験の研修としてそれぞれ二ヶ月間実施していました。その目的は、「世間というものの味をよく知ってもら」い、「人間というのはこういうものであると」考えさせるところにありました。(2014松下政経塾政経研究所 金子一也・西野偉彦『松下幸之助塾主 遺言集』松下政経塾48頁)
僅かな期間でしたが、やはり体験するのとしないのとでは大きな差があります。工場で働く人たちの気持ちや、小売店(ナショナルショップ)でお買い上げくださるお客様の心理など、世間と人間を知る上で、この上ない貴重な経験となったことはいうまでもありません。もう43年も前(昭和55年・1980)のことですが、当時のことを今も鮮明に覚えており、体験談として2時間は話せます。(続く)