其の六 君一人が政治家になるだけではダメ、政治家を育てる側になりなさい…

松下政経塾には、「アホでもかまへんから、林を採っておくように」という松下塾長の「鶴の一声」で入らせてもらった。政経分野の俊才揃いの中で、私は鍼灸の勉強しかやっていないのだから、塾長の一声がなければ合格は不可能だったろう。

入塾してしばらく経った頃、国学の師である河戸博詞先生が、わざわざ松下政経塾を来訪してくださった。河戸先生のお仕事の事務所は東京の新宿、本宅は神奈川県の二宮にあり、その中間の茅ヶ崎に松下政経塾があった。

そこで、本宅に帰る途中で寄ってくださったとのこと。要件は特に無く、林が元氣にしているかどうかを心配して見に来てくださったのだ。

その日、河戸先生は言われた。

「君一人が政治家に育ったところで世の中は変えられない。それよりも、政治家や活動家を育てる側の人になりなさい」。

以後、人生の中で、幾度か政治家になろうと考えたことがあった。しかし、その都度何らかの障害が生じて立ち消えになる。「こいつは政治家にさせてはならない」という、「目に見えない力」が働いていたとしか思えない。

とともに、政治家ではなく思想家の道を歩むことになる筆者に対して、この国学の師の一言が強く(抑止に)影響したのは間違いのないことであった。

河戸先生の講義内容には、大局的な大きさと、論理的な切れ味の鋭さがある。

そこで、「先生のご講義内容は、先生が創造されたものとしか思えないのですが…」と、何度か質問してみた。しかし、「私が独創したことは何一つ無い。
全部、日本人が伝承してきた教えである」というお返事しか返ってこなかった。

河戸思想の精度は実に高い。いろいろ考察してみるほど、他の追随を許さぬほどの体系的精緻さに驚かされる。私は弟子の一人として、大和言葉の国学を思想的に発展させたのは、間違いなく河戸博詞先生その人であると結論付けている。
(続く)