其の百三 否定の向こうに人生を大肯定するという、実に味わい深い心得…

権勢や地位、財産、これらは全てあてにならない。人の心は変わり易く、そもそも信じられる人間なんていない。そう述べているのが『徒然草』第二百十一段です。

一見、暗い思考に過ぎないと思われがちですが、否定の向こうに人生を大肯定するという、実に味わい深い心得が示されています。一切をあてにしなければ、騙される事も裏切られる事も無くなり、この世をタフに生き抜いていけるという強靱な人生観が、そこにあります。

《徒然草:第二百十一段》其の一
「何事も頼りにしてはいけない。愚かな人は深くものを頼りにするから、恨んだり怒ったりすることになる。

勢いがあるからといって頼りにしてはいけない。強いものから、まず滅びてしまうものだ。

財産が多いからといって頼りにしてはいけない。一時の間に失いやすいものだ。

学才があるからといって頼りにしてはいけない。孔子も時世に合わなかった。

人徳があるからといって頼りにしてはいけない。(孔子一番弟子の)顔回も不幸であった。

君主の寵愛も頼りにしてはいけない。誅罰を受けることすみやかである。

郎党を従えているからといって頼りにしてはいけない。そむいて逃げることがあるものだ。

人の好意も頼りにしてはいけない。必ず心変わりするものだ。

約束も頼りにしてはいけない。信義のあることは少ないものだ。」

※原文のキーワード
何事…「よろづの事」、強いもの…「こはきもの」、財産…「財(たから)」、学才…「才(ざえ)」、時世…「時」、人徳…「徳」、寵愛…「寵」誅罰…「誅」、郎党…「奴」、逃げる…「走る」、好意…「志」、心変わりする…「変ず」、約束…「約」、信義…「信」(続く)