全体に氣を配るというのは、なかなか簡単なことではありません。人間の意識は、部分に囚われ易く、目の前の事に集中し易いものだからです。
筆者は松下政経塾を卒塾後、8年間ほど鍼灸治療院を開業しておりました。最初は、一人の患者さんの治療で手一杯でした。やがて患者さんが増えてきますと、治療ベッドを2台、3台と増やし、最多で5台設けました(1台は予備)。そこまで増えますと、もちろん私一人では手が回りませんから、パートのスタッフも雇いました。
複数の患者さんを治療するにはコツがあって、置鍼をして鍼に通電したり、光線治療を加えたりすることで、他の患者さんへの治療時間をつくります。それによって、順繰りに治療が出来るのです。
モットーは、どこよりも丁寧な治療です。一人に1時間は時間をかけておりましたから、いつも一所懸命でした。
要するに、同時進行で数人の患者さんを治療したわけですが、そのときになって、インターンをさせてもらった浜松の治療院の、院長先生の落ち着いた姿がとても参考になりました。目の前の患者さんの治療をしながら、他の患者さんや、待合室にいる患者さんにも氣を配りつつ、全体の流れをつくっていく姿を思い出したのです。
そうして、東京の治療院からはテキパキと鍼を打つ技術を、浜松の治療院からは全体に氣を配る上で必要となる落ち着きを学ばせてもらったのでした。
鍼灸専門学校の先生方は、いつも懇切に教えてくれました。学校側はしっかり指導してくれているのですが、一番の目標が国家試験に合格し、「鍼師免許」「灸師免許」「あん摩マッサージ指圧師免許」を生徒に取得させることにあります。
そのため、教える技術の基準が、実際の臨床で通用するかどうかよりも、試験に通るということに置かれてしまうのは仕方のないことでした。それだけに、東京と浜松でインターンの機会をいただけたことは、本当に有り難い経験となりました。
先に述べた通り、筆者は東洋について学びたくて東洋医学の専門学校に進学しました。その目的は、21世紀に人類が遭遇するであろう「世界の危機」を救うためのカギを見付けることにあります。
そのカギは、東洋医学に流れている哲学思想にきっとあると考えました。ところが、現実は学科の殆どが「解剖学」や「生理学」など西洋医学に基づくものであり、東洋医学を学べるのは「漢方概論」一科目きりです。「鍼灸理論」や「経穴学」もありますが、やはり試験対策の知識修得がゴールとならざるを得ません。
東洋医学を支える哲学思想、それを人類の危機を救うための原理として学びたいなどということになると、通常の授業を受けているだけでは限界があることに気付いたのです。そこで、後に筆者は、中国思想の儒家(孔子や孟子)・道家(老子や荘子)・法家(韓非子)・兵家(孫子や呉子)などを綜合的に学ぶことになるのでした。
とにかく、専門学校生の中で、この自分は本当に変わり者だったなと思います。
何しろ、求めていたのは世界の危機を救うための原理であり、知りたいのはそのための方法でしたから。
天地自然と融合したところに東洋医学の仕組みがあります。その太極的な思想は、とても雄大です。ところが治療自体は、あくまで個人の救済に止(とど)まっていました。
患者さんの辛い症状を緩解に導くことは、とても重要なことですが、治療によって心が浄化され、利他心や慈悲心が生ずるかどうかは分かりません。
と言うより、体の症状が楽になることと、それによって意識レベルが向上するということは、基本的に無関係です。
痛みが消えて楽になったら、大抵それでオシマイです。病氣や症状を、生活の在り方や物事に対する考え方を変えるための、大切なきっかけに生かすなどという人は殆どいません。(続く)