不遇と不安に覆われた今こそ、真の学問をはじめよ!

こんにちは。今や日本の夏は熱帯と同じですね!

「俺一人で○○を救ってみせる!」
そういう大高慢な人がいれば、組織団体は続いていく。
しかと頼んだぞ!

◆日記(7月21日~27日)
・21日(火)綜學社京都研修所でデスクワーク
付近を散策し、産土様の稲荷大明神を参拝
鴨川に掛かる五条大橋から比叡山を遠望
そして、河原町五条の朝日神明宮と、その奥に鎮座する猿田彦社にお参り
猿田彦社の御神体は陰陽石。当社は、かつて広大な神域を誇ったらしく、
鳥居の脇に、石田梅岩の学舎があったことを忍ばせる石碑もある

・23日(木)古事記語り部「言本師」養成講座(第11期)でオンライン講義
・24日(金)別府市で教育委員会や管理職 教職員を対象にした教育講演
演題「古典が教える自己肯定と立志」魅力的な人間と主観・客観・表観・裏観

・25日(土)別府で「地獄めぐり」~7カ所中、5カ所を巡る
その一つ「かまど地獄」では、まだ地球がドロドロしていた頃の名残を見学
それは、古事記冒頭に出てくる泥の神々である、ウヒヂニの神・スヒヂニの神そのもの!
ヒヂは古語で泥を、ヒヂツチは水を含んだ土を表すことから、ドロドロしつつ、ガスや熱が出入りしている活動状態がウヒヂニ、スヒヂニなり!

・26日(日)綜医學講座(第16回)講義「大和言葉の物心観」
物心は一元、表観すれば物質、裏観すれば精神…

【ご案内】
◆7月26日(日)綜医學講座(第17回)へのお誘い…

演題:綜医學の原理と「大和言葉の超人観」
・超人は、鋭敏な感覚・感性・感情を持ち、霊感や予知能力を発揮する!
・一流の志士や天才などの超人は、非常時に発揮される能力を日常的に発揮する
・国手も超人となって、手当てで「氣」を出し、相手の身心を整えていく…

綜医學は長年に亘って説いてきた「綜學」(綜合學問)の重要な各論であり、綜學の実学的集大成となっております。

現代文明は部分観に陥りやすく、全体をしっかり観ていないところに問題の根源があります。医学や医療も同様に、病氣だけを見、患部だけを見、主に身体だけを見てまいりました。

全体観に立つ綜医學では、現代医療の発展に必要となる理念を、東洋・日本医学や、大和言葉の日本思想、物質と精神を一如に説いた空海の思想などから学んでまいります。

毎月の講座では、それらをもとに、受講生の皆様に東西医学融合の基盤となる綜医學の原理を学んでいただきます。

さらに、実践法として「手当て、言の葉、長息・長生き」という実技を体験・体得していただきます。

そうして、人と世の中の病を改善する「国手(こくしゅ)」となっていただくところに本講座の目的があります(「国手」は医療資格ではありませんが、学ばれた証(あかし)の称号として、一定の条件を満たした方に授与いたします)。

医療人には、さらにその天職に自信をお持ちいただくために、
経営者には、会社組織をより“健康体”とするために、
政治家には、天下国家を“生命原理”によって発展させるために、
家庭人には、身近な人たちの健康増進(良くなる力の向上)の術者となるために
学んでいただくのが「綜医學講座」です。

皆様のご参加をお待ちしています。スポット参加も可能です。
講義&実習を毎月大阪心斎橋でリアル開催!オンライン参加・オンデマンド参加もOK!
諸芸諸道の稽古場と同じで、何月からでも入門していただけます。
一般社団法人・綜學社やまとことば語り部養成協会Webサイトです!
www.sougakusha.jp
綜医學講座ホームページはこちらです!
www.sougakusha.jp/souigaku-kouza
綜医學講座お申し込みフォームはこちらです!
forms.gle/NQt7zxhg5ped1LKq6

◆「やまとことば国学の世界観」※全13回(人生観1回と霊魂観1回を含む)
林英臣の大和言葉・国学の師である河戸博詞先生直伝の講座!
あと2名のお申込みによって開催が決定されます。
www.sougakusha.jp/kokugaku

●評論・随筆●

◆不遇と不安に覆われた今こそ、真の学問をはじめよ!◆(7月24日)

学問が身に付くかどうかは、そのときの意欲によって決まる。

安心と幸福に満たされたときよりも、不遇と不安に覆われたときのほうが、意欲が高まってきて、案外学問が進むから面白い。

論語が身に付くのも、実はそういうときだという。

下記は、松下政経塾時代にお世話なった石井勲先生のお言葉である。

「『論語』とは人生の大変な時期、生きるか死ぬか、勝つか負けるかというような中でやると、本当の良さが分かってくる」
(2024石井勲『はじめて読む人の「大学」講座』明徳出版社p.18.)

だから、余裕が出来たら学ぶなどと言わず、苦しくて辛い今こそ真の学びをはじめるべきであろう。
活学や帝王学とは、そういうものである。