自分がこの世に生まれ、こうして生きているのは、宇宙のために必要だからである。私たちは神、即ち大宇宙の生命原理に従って、そのお役に立てるような人間にならなければいけないと沖正弘導師は説かれました(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房pp.21-22.)。
生成発展、それによる進化と調和こそ、宇宙の原理でしょう。それを生かし、先頭に立って「宇宙の期待」に応えるのが人間の役割なのです。
沖導師が、そのように気付かれたのは、多くの病氣を背負ったからだそうです。
沖導師の人生は、常に病氣と共にありました。
「私は長年病で苦しまなければならないご縁もいただきました。悩みは今も続いております。ご縁があると言うのでしょうか。そのことにご使命をいただいていると申し上げたらよいのでしょうか。私の所には数多くの病と悩みに苦しんでいらっしゃる方々がお訪ね下さいます。はじめの頃は自分の治し方も皆目わからない私でありましたが、次第に真の治り方とは何かと言う真理に気付かさせていただき、その気付きを奉仕させていただいておりますことを心から感謝させていただくと共に、もっともっと私をこの道にお使いくださいませとお願い致します。」(同p.23.)
沖導師は、「悩みは一生続く」と覚悟されました。しかし、悩みほど良いものはないと。理由は、悟りに導いてくれるのが悩みであるからだそうです(同p.23.)。
そして、悟りによる宗教心によって精一杯自分を磨き上げ、感謝と懺悔(ざんげ)と下座の心で奉仕させていただき、世界中が平和になるようお役に立ちたいと決意されました(同p.23.)。
病氣や悩み、困難や苦労を経て、私たちの心は磨かれていきます。中には、それらによって人を羨(うらや)み、世の中を恨む人もいるでしょう。
心が磨かれるのか、あるいは心が荒(すさ)むのかは人それぞれですが、出来ることならば、身心が錬磨されて高まるほうを選びたいものです。(続く)