沖正弘導師は語ります。誰もが正しさを求めるが、そもそも正しさとはどういう状態なのか。
「正しくありたいという願いをもたない人は、おそらくいないことと思います。しかし「正しく」という状態が、わかりにくいのです。正しさとは、どういう状態でしょうか。」
(1974沖正弘『ヨガ叢書第一巻 ヨガに生きる』霞が関書房p.24.)。
何が正しいかは、国や時代によって違います。なかなか簡単に答えを出せないのですが、沖導師は次のように述べました。
「それは自然の状態であります。それならば自然の状態とはどういう状態でしょうか。それはバランスを保っている状態です。」(同p.24.)
バランスの取れている状態こそが、正しい状態とのことです。バランスが取れているのですから、その正しさは固定されておらず、動いて変化する中で、調和しながら程良さを保っているということになります。
では、バランスが保たれているかどうかは、一体何を見れば分かるのでしょうか。
「バランスを保っているほど、安定度が高く、安定度の高いほど平静であります。仏教では、この状態をネハン寂静と形容し、ヨガや道教では、無の状態と形容しております。」(同p.24.)
バランスによって身も心も安定し、余分な力が抜ければ平静になります。それを仏教では涅槃(ねはん)といいます。涅槃は、囚われや拘りの消えた安らぎの境地です。同じ様子を、ヨガや道教(中国の民間宗教)では「無の状態」と呼びます。
丹田以外のところの力(中心力以外の余分な力)が抜ければ、よりバランスが取れるようになります。それによって呼吸が楽になり、脈拍が落ち着き、氣分が楽になってまいります。それが、涅槃や無の状態でしょう。
しかし、それらは体験した者にしか分かりません。体得する以外に分かり得ず(同pp.24-25.)、その体験や体得を「行(ぎょう)」と呼びます。(続く)