さて、サロンとパーティという言葉があります。サロンは同好の士が三々五々集まって意見を交換する場であるのに対して、パーティは共通の目的の下に事業を進める活動体を意味します。
文学サロンならば、小説家が集まる喫茶店などが場になっております。そこに活動のリーダーはいませんし、組織があるわけでもありません。しかし、そのサロンから文学運動が起こされて機関誌の発行に至れば、パーティ(党)と呼ぶべき活動体となります。
さて、サロンとパーティという言葉があります。サロンは同好の士が三々五々集まって意見を交換する場であるのに対して、パーティは共通の目的の下に事業を進める活動体を意味します。
文学サロンならば、小説家が集まる喫茶店などが場になっております。そこに活動のリーダーはいませんし、組織があるわけでもありません。しかし、そのサロンから文学運動が起こされて機関誌の発行に至れば、パーティ(党)と呼ぶべき活動体となります。
戦う前に勝つための4つの基本として、自軍の「士氣」を高めることと「心理」を静めることの必要性について述べました。後の二つは「活力」と「応変」です。
「活力」は兵士の体力のことで、その充実は敵よりも早く戦場に到着し、有利な地に布陣することによって得られます。味方は「安楽な状態」に身を置き、移動で疲れた体力を回復させられます。ところが敵は、後れて来るので疲労したままであり、布陣も不利とならざるを得ません。
昔は日の出から新しい一日が始まりました。政治も、朝議や朝廷という熟語が示すように早朝に行われるのが普通で、日の出と共に臣下が天子に拝謁して執り行なわれました。
そうして午前中に頑張れば、昼頃にはどうしても気持ちが弛んできます。「朝の氣分は鋭敏だが、昼の氣分は弛惰と」なります。さらに「夕方の氣分」ともなれば、「もう帰って休みたくなる」というのも当然でしょう。
士氣が衰えて休みたがっている。混乱していて騒がしい。疲れ果てて腹が減っている。敵がこうした状態であれば、今こそ攻めるべきタイミングとなります。
隊列が整然としており、陣容が堂々としている。この場合は、決して正面から攻撃してはなりません。
孫子は軍争篇のまとめとして、「氣」「心」「力」「変」の4つを述べています。氣は士氣、心は心理、力は活力(体力)、変は応変です。これらのキーワードによって、戦う前に勝つための基本が示されました。
戦闘は命懸けです。敵味方とも、命を落とすことを覚悟して戦いが行われます。誰だって死にたくありませんから、開戦前は恐怖心に襲われて膝がガクガク震えます。極度の緊張状態から逃げ出したくもなります。しかし、いざ「進め!」の声を聞いたら、味方の勝利を信じて戦うしかありません。
歴史ドラマの戦闘シーンを見ていると、太鼓や鐘などの鳴り物がけたたましく音を出し、旗や幟が勢いよく翻っている場面に出くわします。音を激しく鳴らせば自軍の場所を敵に知らせてしまうし、旗が堂々と立っていれば自軍の位置を相手に分からせてしまいます。それなのに、どうして太鼓や鐘を鳴らし、わざわざ旗を掲げるのでしょうか。
それは、両軍の交争、つまり「軍争」に負けぬためです。敵を上回る統一力と機動力を養い、機先を制して勝利を導くところに鳴り物や旗の意味があります。
サッカーやバスケットボールなどの試合を見ていると、相手の裏をかくフェイントが多用されています。多様どころか、フェイントの仕掛け合いでゲームが進んでいると言うべきかも知れません。
孫子は「戦争というものは、敵の裏をかく心理戦で成り立つ」と述べました。お互いフェイントを仕掛けつつ、敵の出方を読み合うことで戦闘が成り立っているのです。
物事が始まろうとするときを機先(きせん)といい、それを敵味方のどちらが制すかで勝敗の流れが決まります。機先を制するとは、先手を取って主導権を握るということです。『孫子』軍争篇では、軍争則ち「両軍の交争」の心得として、敵の機先を制すことの重要性を説いています。
必要になるのは、やはり情報です。「諸侯の謀計を知らなければ、事前に外交交渉をすることは出来」ません。謀計とは、狙いとしている腹の内のことであり、それを読み取らねば事態は前に進まないのです。
戦国武将の武田信玄は、「風林火山」の旗印で有名です。風林火山は『孫子』軍争篇から採用されたものであり、信玄も孫子の兵法をしっかり学んでいたことが分かります。信玄の軍学は正と奇、静と動の組み合わせと、その運用に眼目がありました。
若き日の徳川家康は、三方原の合戦で信玄に大敗します。信玄は、家康が籠城する浜松城を素通りする素振りを見せて徴発し、まんまとおびき出して打ち破りました。孫子の教える「兵は詭道なり」の手法で見事に家康を欺き、心理戦に勝利したのです。
集団で活動する場合、全体が一個の生命体のようにまとまる必要があります。戦闘なら尚更で、全軍が単なる個人の寄せ集めというのでは全然ダメです。しっかりした活動体にならないと、個々の兵士は優れているのに、全体的に見たら少しも勝っていないという事態に陥ります。
特に、休息と補給の重要性が分かっていない組織は最悪です。スポーツ競技で考えれば、延長戦があったとしても時間制限があり、試合が終われば両軍とも引き上げて、後は宿舎に戻って休息と栄養補給に専念出来ます。それによって、また次戦に臨めます。