其の百五十二 凝りや痛みも、それはそれで自然治癒力の現れ(啓示)…

心身の異常を起こす原因に、病氣に対する迷信と、それに囚われた生活があるのだそうです。迷信とは、病氣を敵視することであると。

「迷信とは、生命の行っている正当防衛であり調和回復方法であるところの病氣や苦しみを、不必要なもの、悪いもの、敵なるものと思うことである。病苦のないのを健康或いは悟りだと信じているから、そう思うのである。迷信にとらわれた心身は正見することはできない。」
(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房p.128.)

「正見(しょうけん)」は仏教用語で、物事の真実を偏ることなく「正しく見る」ことです。迷信に囚われていたら、当然のこと心身を正見出来ず、誤った見方である誤見(ごけん)に陥ります。その例として、沖導師は胃弱の人を挙げています。

「で誤見についていえば、たとえば胃病を長く患っている人があるとする。そうするとこの人は自分を胃弱と思いこんでいる(信念)。そうしてそのように自分を扱っている、そうして養生と称して、その胃弱を維持するにふさわしい心身の扱い方をしているのである。そうすると胃はいつまでも弱い状態を続けざるを得ないのである。」(1960沖正弘『ヨガ行法と哲学』霞ヶ関書房p.128.)

「胃病を長く患っている人」は、「自分を胃弱」だとする「誤見」に囚われているため、それに応えて「胃はいつまでも弱い状態を続けざるを得ない」というわけです。

では、肩が凝るのは「自分は肩が凝る」と思い込んでおり、膝の痛むのは「自分は膝が弱い」と思い込んでいるのが原因かと言えば、必ずしも「そう思い込んでいる意識」だけが肩凝りや膝痛の(全ての)原因であるとは思えません。器質的に肩や膝が悪化している場合、それを単に意識だけで改善するのは大変なことでしょう。

しかし、自分は駄目だという諦めや、悪くなる一方だという思い込みによる不安感が、なかなか改善してくれない要因になっている可能性は大いにあります。ですから、凝りや痛みも、それはそれで自然治癒力の現れ(啓示)であると受け止め、それらを軽減させていくよう努力(生活改善や何らかの治療)することで希望を起こし、心身の進化向上を図ることが大切であると思います。
(続く)