其の四十 善人よし、悪人もまたよし…

ところで、松下幸之助塾長(当時)が塾生に語った講話の中に、なかなか難解な内容がありました。その一つが「悪も必要」という考え方です。松下塾長は、下記のような問い掛けを塾生にしています。

「だいたい、泥棒とか悪人がいなかったら、この世は成り立っていきませんよ。もし泥棒がいなかったら、警察はいらなくなる。裁判所もいらない。いろんなものがいらなくなるわけです。悪人がいるから、社会は成り立っている。だから、悪人というものも一面大事なものです。「善人よし。悪人もまたよし」と、こういう考え方が生まれてこなくてはいけない。「これはいい。これは悪い」というようなことを決めつけてはならない。それは非常に単純な考え方です。言わば小学校の生徒ですね。大学の生徒だったら、「悪人またよし」というようなことがわからなくてはいかん。諸君は一人前ですからね。知識の点においては一人前以上である。だから、悪の必要性というものはわかっていますか。」([1981(昭和56年)]松下政経塾編『松下政経塾 塾長講話録』PHP研究所)

これは松下政経塾一期生に話してくださったものであり、もちろん筆者もその場におりました。そのとき、以下のように感じたのを記憶しています。

きっと松下塾長は、深い哲理をお話しされたのだろう。でも、いきなり悪も必要と言われてしまうと、意味がよく分からない。頭の中がモヤモヤしてくる。悪が必要なら、世を正す政治なんてやる意味がないではないか。そもそも正義とは何なのか、正しいとはどういうことか。まあ、いずれ分かる日が来るだろう。それまで答は待つしかないかな。

そうして、答が見つかったかというと、実は未だによく分からないところがあります。そこで、沖導師の教えを交えながら、この問い掛けへの答を、今こそ見出してみたいと思います。(続く)